「生成AIを使えば作業時間が半分になる」という期待とは裏腹に、現場では予期せぬ工数の増加に直面するケースが少なくありません。本稿では、コード生成やドキュメント作成における「タスク間生産性(Cross-task productivity)」という概念を軸に、生成コストと検証コストのバランス、そして日本企業が陥りやすい「時短の罠」とその対策について解説します。
生成AI導入で「かえって時間がかかる」現象の正体
生成AI、特に大規模言語モデル(LLM)の導入において、多くの企業が期待するのは「業務効率化」や「工数削減」です。しかし、経済学や社会動向を扱うブログ『Marginal REVOLUTION』で取り上げられた「タスク間生産性(Cross-task productivity)」という視点は、この期待に対して重要な警鐘を鳴らしています。
その核心はシンプルです。「AIにコードを書かせることで執筆時間を半分に短縮できたとしても、自分が書いていないコードのデバッグや検証に以前の倍以上の時間がかかるのであれば、トータルの生産性は変わらない、あるいは悪化する」というものです。
これはプログラミングに限った話ではありません。議事録作成、報告書の要約、翻訳業務など、AIが「生成」するタスクと、人間がそれを「確認・修正」するタスクはセットで存在します。生成速度が劇的に上がっても、後工程である検証や修正の難易度(認知負荷)が上がれば、組織全体のパフォーマンスは向上しないのです。
「書く時間」の短縮と「読む時間」の増加
なぜ、AIが生成した成果物の検証には時間がかかるのでしょうか。それは、人間がゼロから思考を積み上げて作成したものではないため、「文脈(コンテキスト)」や「意図」がブラックボックス化しやすいからです。
特に日本のビジネス現場では、品質に対する要求水準が高く、細部の整合性や「てにをは」、あるいは暗黙の了解となっている社内ルールへの適合が厳しく求められます。AIが出力した「一見それらしいが、微妙に文脈が異なる成果物」を修正する作業は、ゼロから自分で書くよりも高い集中力を要する場合があります。これは「認知負荷」の増大を招き、結果として担当者の疲労感を高めるリスクがあります。
スキル継承と「レビュー能力」の課題
さらに長期的な視点でのリスクも存在します。若手エンジニアや担当者が、AIによる自動生成に依存しすぎると、基礎的な「書く力」や「論理構築力」を養う機会が失われる可能性があります。
「自分が書いたことのないコード」や「自分が構成していない文章」を適切にレビューし、責任を持って修正するためには、実はAIに指示を出す以上の高度な専門知識が必要です。日本企業が得意としてきたOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)による人材育成機能が、AIのブラックボックス化によって阻害される恐れがあるのです。「誰も中身を完全には理解していないシステム」が増えることは、将来的な保守運用(メンテナンス)やトラブルシューティングにおいて、巨大な負債となり得ます。
日本企業のAI活用への示唆
以上の「タスク間生産性」の視点を踏まえ、日本企業は以下のような方針でAI活用を進めるべきです。
1. 「生成」だけでなく「検証」を含めたトータルコストで評価する
AI導入のKPIを単なる「作成時間の短縮」に設定するのは危険です。「レビュー」「修正」「手戻り」を含めたプロセス全体の所要時間を計測し、本当に効率化されているかを判断する必要があります。
2. 「レビュー能力」を新たなコアスキルと定義する
これからの実務者には、ゼロから作る能力以上に、AIの成果物を批判的に読み解き、真贋を見極める「目利き」の力が求められます。企業は、AIツールの操作研修だけでなく、品質管理やコードレビューのスキルアップ研修に投資すべきです。
3. ガバナンスと責任の所在を明確にする
「AIが書いたから」という言い訳は、信頼を重んじる日本の商習慣では通用しません。最終的な成果物の品質責任は人間(担当者)にあることを明確化し、AIを「信頼できるパートナー」ではなく、あくまで「優秀だがミスもするアシスタント」として位置づける組織文化の醸成が不可欠です。
AIは強力なツールですが、それは「使い手」がその出力を完全にコントロールできてこそ発揮されます。生成の速さに惑わされず、検証と品質担保のプロセスを再設計することこそが、実務的なAI活用の第一歩となります。
