13 2月 2026, 金

生成AIの「モデル蒸留攻撃」とは何か:Google Geminiへの攻撃事例から学ぶ、AIモデル保護とセキュリティの最前線

Googleは先日、同社の生成AIモデル「Gemini」に対し、ハッカーによる大規模な「蒸留攻撃(Distillation Attacks)」が仕掛けられていると報告しました。これはAIモデルの挙動を模倣・コピーしようとする試みであり、AI開発における新たなセキュリティリスクとして浮上しています。本稿では、この攻撃の手法と背景を解説し、日本企業が自社AI資産を守るために意識すべきセキュリティ対策とガバナンスについて考察します。

AIモデルをコピーする「蒸留攻撃」のメカニズム

Googleの脅威レポートによると、ハッカーたちはGeminiに対して何千ものプロンプト(指示)を集中的に入力し、その回答データを収集していました。この行為の目的は「モデル蒸留(Model Distillation)」または「モデル抽出(Model Extraction)」と呼ばれるものです。

通常、LLM(大規模言語モデル)を一から開発するには、膨大な計算リソースとデータセット、そして長い学習時間が必要です。しかし、高性能な「教師モデル(この場合はGemini)」に対して大量の質問を投げ、その出力結果を正解データとして、より小さな「生徒モデル」に学習させることで、安価かつ短期間で教師モデルに近い性能を持つコピーモデルを作成することが可能になります。

これは、他社が巨額の投資をして開発した知的財産(IP)を、API経由で「ただ乗り」して複製する行為に等しく、AI業界における深刻なセキュリティ課題となっています。

攻撃者の動機とビジネスへの影響

なぜハッカーや悪意ある競合他社はこのような攻撃を行うのでしょうか。主な動機は以下の2点に集約されます。

  • 開発コストの削減:高価なGPUリソースを使わずに、SOTA(最先端)モデルに近い性能を手に入れるため。
  • 安全装置(ガードレール)の回避:商用モデルに組み込まれた倫理的な制限(差別的発言の禁止や爆発物製造方法の秘匿など)を取り除いた、「検閲のない」コピーモデルを作成し、ダークウェブなどで販売するため。

企業が自社独自のデータを学習させた「特化型LLM」や、高度なプロンプトエンジニアリングを施したチャットボットを公開している場合、これらも同様に攻撃の対象となり得ます。自社のノウハウが詰まったAIの挙動が外部に丸裸にされ、模倣サービスが作られるリスクは、決して対岸の火事ではありません。

日本企業における「意図せぬ違反」のリスク

日本国内の企業において、特に注意が必要なのは「攻撃を受けるリスク」だけではありません。開発現場が「知らず知らずのうちに攻撃者と同じ手法をとってしまうリスク」です。

現在、多くのオープンソースモデル(Llama 3など)が登場していますが、開発効率を上げるために「ChatGPTやGeminiの出力結果を使って、自社のローカルLLMを微調整(ファインチューニング)したい」と考えるエンジニアは少なくありません。しかし、OpenAIやGoogleなどの主要なAIベンダーの利用規約(Terms of Service)では、生成された出力を「競合するAIモデルの開発」に使用することを明確に禁止しているケースが一般的です。

日本の著作権法(第30条の4)はAI学習に対して世界的に見ても柔軟な姿勢をとっていますが、商用APIの利用規約は契約として優先されるため、コンプライアンス違反となる可能性が高くなります。現場のエンジニアが善意で(精度向上のために)行った作業が、企業の法務リスクに直結する可能性があるのです。

日本企業のAI活用への示唆

今回のGoogleの事例は、日本企業がAIを社会実装していく上で、以下の3つの重要な視点を示唆しています。

1. AIセキュリティ(AI Red Teaming)の重要性

自社で外部公開用のAIサービスを開発・運用する場合、従来のサイバーセキュリティに加え、LLM特有の攻撃(プロンプトインジェクションやモデル抽出)への対策が必要です。APIのレート制限(Rate Limiting)を適切に設定し、不自然な大量アクセスや機械的なプロンプト入力を検知・遮断するモニタリング体制を構築すべきです。

2. 利用規約とデータガバナンスの徹底

開発チームに対し、商用LLMの出力データの取り扱いに関する教育を徹底する必要があります。「他社モデルの出力を使って自社モデルを学習させること」が規約違反にならないか、プロジェクト開始時に法務・知財部門を含めて確認するプロセスを設けることが推奨されます。

3. 「守るべきAI資産」の定義

モデルそのものだけでなく、RAG(検索拡張生成)における参照データベースや、システムプロンプト(AIへの指示書)も重要な資産です。これらが抽出されないよう、出力内容にフィルタリングをかけたり、機密情報が含まれないようデータを加工したりするなどの「防衛策」を、システム設計段階から組み込む(Security by Design)姿勢が求められます。

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