英国最高裁判所がAIおよびソフトウェアの特許適格性に関して画期的な判決を下しました。この判決は、今後のすべてのソフトウェア特許に影響を与えると予測されています。本稿では、この判決が示唆するグローバルな知財トレンドの変化と、日本企業が取るべきAI開発・知財戦略について解説します。
英国における「ソフトウェア特許」の壁と今回の判決の意義
英国をはじめとする欧州地域では、伝統的に「コンピュータ・プログラムそれ自体(programs as such)」は特許の対象外とされる傾向が強くありました。AIモデル、特に人工ニューラルネットワーク(ANN)は「数学的手法」や「抽象的なプログラム」とみなされやすく、特許による保護を受けるハードルが高いのが実情でした。
しかし、今回の英国最高裁の判決は、この解釈に一石を投じるものです。具体的な判決内容は多岐にわたりますが、ビジネス的な文脈で重要なのは、「AIが特定の技術的課題を解決する場合、それは単なるプログラム以上の『発明』として認められ得る」という道筋が、司法の最高機関によって再定義された点です。これは、英国市場、ひいてはコモン・ロー(英米法)の影響を受ける地域における知財戦略の前提を覆す可能性があります。
「技術的貢献」の有無が分かれ目
AIの特許性における最大の論点は、そのAIが現実世界に対してどのような「技術的貢献(Technical Contribution)」を果たしているかです。単にデータ分類の精度が上がった、あるいは計算速度が向上したというだけでは、抽象的な数理モデルの改良とみなされ、特許として認められないリスクがあります。
一方、画像処理による外観検査の自動化や、制御システムへの組み込みなど、ハードウェアや物理的なプロセスと密接に結びついたAI活用は、特許適格性を認められやすい傾向にあります。今回の判決は、この「技術的貢献」の解釈について、より現代のソフトウェア開発の実態に即した基準を示したと言えるでしょう。
日本の特許実務とのギャップとリスク
ここで注意すべきは、日本の特許庁(JPO)の審査基準とのギャップです。日本では、「ソフトウエアによる情報処理が、ハードウエア資源を用いて具体的に実現されている」ものであれば、比較的広範囲に特許(いわゆる「物の発明」)として認められる傾向があります。そのため、日本企業は国内基準の感覚で「このAIアルゴリズムは特許化できる」と考えがちです。
しかし、グローバル展開を前提とした場合、日本で取得できた特許と同様のロジックが英国や欧州で通用するとは限りません。今回の英国最高裁の判決は、AI特許の門戸を広げる可能性がありますが、同時に「どのような条件なら保護されるか」という基準が厳格化・明確化されたとも解釈できます。日本企業が英国や欧州でビジネスを展開する際、現地の特許網(パテント・ポートフォリオ)を構築できていなければ、競合他社に模倣されるリスクや、逆に他社の特許を侵害してしまう「FTO(Freedom to Operate:侵害予防調査)」のリスクが高まります。
オープン・クローズ戦略の再考
AI開発においては、すべてを特許化することが正解とは限りません。特許出願は技術の公開(公開代償)を意味するため、推論アルゴリズムや学習データの構造などのコア技術が競合に知られてしまうデメリットもあります。特にLLM(大規模言語モデル)や生成AIの分野では、技術の陳腐化が早いため、あえて特許を出願せず、営業秘密(トレードシークレット)としてブラックボックス化する戦略も有効です。
今回の判決を受け、企業は「どの技術を特許として権利化し(オープン化)、どの技術を秘匿するか(クローズ化)」の線引きを、法的リスクと事業スピードの両面から見直す必要があります。
日本企業のAI活用への示唆
今回の英国最高裁の判決を踏まえ、日本の経営層やプロダクト責任者、エンジニアが意識すべき実務的なポイントは以下の通りです。
- 開発初期からの知財連携:
「開発が終わってから特許出願を検討する」のではなく、要件定義やPoC(概念実証)の段階から知財担当者を巻き込み、どの部分が「技術的貢献」にあたるのかを言語化しておく必要があります。 - グローバル基準での出願戦略:
日本の審査基準だけでなく、英国・欧州・米国それぞれの最新の判例(Case Law)を意識したクレーム(特許請求の範囲)の作成が求められます。特に英国市場を狙う場合、今回の判決に沿った論理構成が必要です。 - 「効果」の具体的証明:
AIプロダクトの優位性を説明する際、「AIを使っているから凄い」ではなく、「従来の画像処理と比較して、どの技術的課題を、どのようなハードウェア資源との協働で解決したか」をエンジニアが説明できるようにする必要があります。 - ガバナンスとしての知財調査:
生成AIを活用した新規サービス開発において、他社のAI特許を侵害していないかの調査は必須です。今回の判決により、英国周辺での権利化が活発になれば、特許トロールなどのリスクも高まるため、事前のクリアランス調査(侵害調査)の重要性が増します。
