12 2月 2026, 木

LLM運用の最大の壁「破滅的忘却」に挑むMITの新手法──継続的な追加学習は実用段階に入るか

大規模言語モデル(LLM)の導入が進む中、多くの企業が直面する課題が、モデルに新たな知識を覚えさせると既存の能力が低下する「破滅的忘却」です。MITの研究チームが発表した新たなファインチューニング手法は、このトレードオフを解消し、コストを抑えながらモデルを成長させ続ける「継続学習」への道を切り開きつつあります。

静的なモデルと動的なビジネス環境のギャップ

生成AI、特に大規模言語モデル(LLM)を業務に導入した企業が、運用フェーズに入って最初に直面する課題の一つが「情報の鮮度」です。LLMは基本的に、学習が完了した時点で知識が固定化(フリーズ)されます。しかし、現実のビジネス環境は常に動的です。新しい法規制、新商品の仕様、組織変更による社内ルールの改定など、企業が扱う情報は日々更新されていきます。

これに対応するため、RAG(検索拡張生成)のような技術が普及していますが、より根本的なモデルの振る舞いや専門性の獲得には、やはりモデル自体への「追加学習(ファインチューニング)」が求められる場面が少なくありません。ここで技術的な大きな壁となるのが、「破滅的忘却(Catastrophic Forgetting)」と呼ばれる現象です。

「破滅的忘却」というジレンマ

破滅的忘却とは、ニューラルネットワークが新しいタスクやデータを学習する過程で、以前に学習した知識やスキルを急激に忘れてしまう現象を指します。人間で言えば、新しい法律の知識を詰め込んだ結果、基本的な計算能力や挨拶の仕方を忘れてしまうような状態です。

実務においては、特定の業界用語や社内規定を学習させた結果、LLMが元々持っていた「自然な日本語の会話能力」や「論理的推論能力」が低下するという形で現れます。これでは、専門知識はあってもユーザー体験を著しく損なうため、プロダクトとしては失敗になりかねません。

MITの新手法が示唆する「継続学習」の可能性

MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究チームが新たに提案した手法は、この課題に対して「古いスキルを維持したまま、新しいスキルを獲得させる」ことを目指しています。技術的な詳細は割愛しますが、既存の重要なパラメータ(モデルの重み)を保護しつつ、新しいタスクに必要な調整を行うことで、過去の学習内容と新規学習内容を共存させるアプローチです。

従来、これを防ぐためには、新しいデータだけでなく過去のデータも混ぜて一から再学習させる必要があり、膨大な計算リソースとコストがかかっていました。今回の手法のような技術が確立されれば、差分のみを追加学習させる「継続学習(Continual Learning)」が実用的になり、AIモデルのライフサイクル管理コストを劇的に下げられる可能性があります。

日本企業のAI活用への示唆

今回のMITの研究成果は、日本企業が独自のLLM活用を進める上で、以下のような重要な示唆を与えています。

  • 「日本語能力」と「専門性」の両立:
    日本企業にとって、LLMの「敬語や文脈を理解する高い日本語能力」は必須要件です。独自データを追加学習させる際は、この基礎能力(汎用性能)が劣化していないかを常に評価するプロセス(評価用データセットの整備など)が不可欠です。
  • 再学習コストの見極めと戦略:
    現在はまだ、頻繁なモデル更新よりも、RAGによる外部知識参照の方がコスト対効果が高いケースが大半です。しかし、今回のような技術が商用化されれば、定期的にモデル自体を賢くしていく運用が現実的な選択肢に入ってきます。自社のAI基盤が、将来的にモデルの差し替えや追加学習に対応できる柔軟な設計(MLOpsの整備)になっているかを見直すべきでしょう。
  • 過度な期待をせず、リスクを管理する:
    「忘れない学習」は研究段階の技術であり、すべての実務課題を解決する魔法ではありません。特に金融や医療など高い正確性が求められる分野では、追加学習による副作用のリスクを慎重に見積もる必要があります。

技術は日々進歩していますが、重要なのは「何のためにAIを使うのか」という目的を見失わず、コストとリスクのバランスを取りながら、着実に自社の資産としてAIを育てていく姿勢です。

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