20 1月 2026, 火

心理学者の過半数がAIを利用する米国:機密性の高い業務における「事務負担軽減」と「リスク管理」の境界線

米国心理学会(APA)の調査によると、心理学者の56%が業務にAIツールを導入し始めていることが明らかになりました。特筆すべきは、その用途が診断や治療といったコア業務ではなく、事務作業の効率化に集中している点です。この事例は、機密情報を扱う日本の企業や専門職が、コンプライアンスを遵守しつつAI活用を進める上で重要な示唆を含んでいます。

「対人援助職」におけるAI活用の現実的な浸透

NPRが報じた米国心理学会の調査結果は、多くのビジネスパーソンにとって意外に映るかもしれません。人間の感情や機微を扱う「心理学」という、一見AIから最も遠いと思われる分野において、すでに過半数(56%)の専門家がAIツールを試行しているからです。

しかし、ここで重要なのは「何にAIを使っているか」という点です。彼らの多くは、AIをカウンセリングそのものに代用しているわけではありません。主な用途は、保険請求のための書類作成、セッションの要約メモ、事務連絡のドラフト作成といった「管理業務(Administrative tasks)」です。これは、AIを専門性の代替(Replacement)ではなく、専門家が本来の業務に集中するための補佐(Augmentation)として位置づけている好例と言えます。

日本企業が抱える「文書化文化」とAIの親和性

この米国の事例は、日本のビジネス環境にも強く響くものがあります。日本企業、特に金融、医療、法務、人事といった規制産業やバックオフィス部門では、稟議書、報告書、議事録などの「文書化」にかかる工数が膨大です。「働き方改革」が叫ばれる中、専門性の高い人材が事務作業に忙殺されている現状は、経営上の大きな損失です。

生成AI、特に大規模言語モデル(LLM)は、散在する情報を整理し、所定のフォーマットに整えるタスクにおいて極めて高いパフォーマンスを発揮します。米国の心理学者が「患者と向き合う時間を確保するためにAIで事務処理を片付ける」ように、日本の企業も「本来の知的生産活動に時間を割くためにAIを活用する」という文脈での導入が、最も抵抗感が少なく、かつ効果が見えやすいエントリーポイントとなります。

機密情報漏洩とハルシネーションへの懸念

一方で、記事ではAI利用に対する「懸念」も指摘されています。最大の懸念事項はプライバシーとデータの機密性です。心理学者が扱う患者情報は、極めてセンシティブな個人情報です。これを汎用的な公開AIモデル(学習データとして利用される設定のもの)に入力することは、倫理的にも法的にも許されません。

日本においても、個人情報保護法や各業界のガイドラインに照らし合わせ、適切なガバナンスを構築する必要があります。特に以下の3点は、導入前の必須チェック項目となります。

  • 入力データがAIモデルの学習に利用されない設定(オプトアウト)になっているか
  • 出力内容に事実に基づかない虚偽(ハルシネーション)が含まれていないか、人間が必ず確認するプロセスがあるか
  • AIの利用を利用者(顧客や患者)にどの程度開示すべきか

日本企業のAI活用への示唆

今回の米国の事例を踏まえ、日本の企業・組織がとるべきアクションを整理します。

1. 「ノンコア業務」からの段階的導入

いきなり顧客向けのサービスや意思決定プロセスにAIを組み込むのではなく、まずは議事録作成、翻訳、社内文書のドラフト作成といった、ミスがあっても人間が修正可能な「ノンコア業務」から導入を進めるべきです。これにより、現場のリテラシーを高めつつ、業務効率化の実績を作ることができます。

2. 機密情報の入力ルールと環境整備

「AI禁止」はもはや現実的な解ではありません。シャドーIT(会社が把握していない個人利用)を防ぐためにも、企業契約版のChatGPTやCopilot、あるいはAzure OpenAI ServiceやAWS Bedrockなどを活用したセキュアな社内環境を提供することが重要です。「ここに入力すれば学習されない」という安全地帯を従業員に提供することが、ガバナンスの第一歩です。

3. 人間の役割の再定義(Human-in-the-loop)

AIが作成した文書の最終責任は人間が負うという原則を徹底する必要があります。心理学者がAIの書いた要約をチェックするように、専門家が「監修者」としてAIの出力を精査するワークフロー(Human-in-the-loop)を業務プロセスに組み込むことが、品質と信頼を担保する鍵となります。

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