IBMが発表した「Agentic AI(自律型AI)」を搭載したストレージ製品は、単なるハードウェアの刷新にとどまらず、企業ITインフラの運用モデルが大きく変わる兆しを示しています。生成AIブームの次に来る「AIによるインフラ自律運用」の潮流と、日本企業が直面する運用課題への適用可能性について解説します。
インフラストラクチャにおける「Agentic AI」の台頭
IBMはこのほど、Agentic AI(エージェンティックAI/自律型AIエージェント)によって共同運用される次世代のストレージポートフォリオ「IBM FlashSystem」を発表しました。これまでAIの話題といえば、チャットボットやコンテンツ生成といったアプリケーション層が中心でしたが、このニュースは、AIの実装が「物理的なインフラストラクチャの運用層」へと深く浸透し始めたことを示唆しています。
ここで言う「Agentic AI」とは、単に人間からの指示(プロンプト)を待って回答を返すだけの受動的なAIではありません。与えられた目標(例:ストレージのパフォーマンス最大化、レイテンシの最小化、データ保護の徹底)に基づき、環境を観測し、自ら推論してアクションを実行するAIシステムを指します。IBMの事例は、ストレージ管理という極めてミッションクリティカルな領域において、従来の「自動化(Automation)」から「自律化(Autonomy)」へのシフトを加速させるものです。
「ルールの自動実行」から「目的ベースの自律運用」へ
日本の多くのIT現場では、スクリプトやRPAを用いた「自動化」が進められてきました。しかし、これらはあくまで「Aが起きたらBをする」という事前に定義されたルールの実行に過ぎません。想定外の負荷スパイクや未知の異常が発生した場合、結局は人間のエンジニアが深夜に対応に追われるのが実情です。
今回注目されるインフラの自律化は、AIがリアルタイムのデータフローを監視し、ワークロードのパターンを学習することで、「異常検知」だけでなく「事前対処」や「最適化」を人間の介在なし(あるいは最小限の承認)で行うことを目指しています。例えば、特定のアプリケーションの使用率が上がる時間を予測して事前にリソースを割り当てたり、ランサムウェア特有の書き込みパターンを検知して即座にスナップショットを取得したりといった動作です。
日本企業の課題とAIインフラの親和性
この技術トレンドは、特に日本企業にとって重要な意味を持ちます。国内ではIT人材の不足が深刻化しており、インフラエンジニアの高齢化やシステムの属人化が経営リスクとなっています。「守りのIT」であるインフラ運用に工数を割くことが難しくなっている現在、AIに運用の一部を委任できることは、限られた人的リソースを「攻めのIT(新規サービス開発など)」へシフトさせるための強力な手段となり得ます。
導入におけるリスクとガバナンスの視点
一方で、インフラの自律化には特有のリスクも伴います。AIが独自の判断でデータを移動させたり設定を変更したりする場合、その挙動が「ブラックボックス化」する懸念があります。もしAIの判断ミスでシステムが停止した場合、誰が責任を負うのか、またAIがなぜその判断をしたのかを事後的に検証できるのか(説明可能性)という問題です。
また、日本企業において重視されるコンプライアンスやセキュリティポリシーとの整合性も課題です。例えば、データを特定の国やリージョンに留めなければならない規制がある場合、AIが最適化のために勝手にデータを移動させないような「ガードレール(安全策)」の設計が不可欠です。
日本企業のAI活用への示唆
今回のIBMの発表を含め、インフラ領域へのAgentic AI活用が進む中で、日本の意思決定者やエンジニアは以下の点を意識すべきです。
1. インフラ人材の役割定義の見直し
運用が自律化に向かう中、エンジニアの価値は「障害対応の速さ」や「設定作業の正確さ」から、「AIが正しく自律稼働するためのアーキテクチャ設計」や「AIの挙動監視・ガバナンス」へとシフトします。組織として、どのようなスキルセットを育成・評価するかを再定義する時期に来ています。
2. 「Human-in-the-loop」の設計
すべてをAIに任せるのではなく、重要な意思決定(データの削除や大規模な構成変更など)には必ず人間が承認プロセスに関与する「Human-in-the-loop(人間がループに入ること)」の運用フローを確立することが、リスク管理上重要です。
3. ベンダーロックインと相互運用性の確認
自律型ストレージやインフラ製品は、特定のベンダーのエコシステム内で最大の効果を発揮するように作られる傾向があります。マルチベンダー環境やハイブリッドクラウド環境において、AIによる自律機能がどこまで有効か、また将来的な移行コストがどの程度になるかを見極めた上で導入を検討する必要があります。
