米暗号資産取引所Geminiがグローバル拠点をシンガポールへ集約し、大規模な人員削減を行うというニュースは、先端技術企業の「拠点選定」と「効率化」のシビアな現実を映し出しています。本稿では、このフィンテック領域の動きをAI業界の視点から読み解き、日本企業が直面する国際的なハブ競争と、組織の筋肉質化に向けた戦略について考察します。
「規制の不確実性」を嫌う先端テクノロジー企業
今回のニュースソースとなっているのは、Googleの生成AIモデル「Gemini」ではなく、ウィンクルボス兄弟が率いる暗号資産(仮想通貨)取引所「Gemini」の動向です。同社は全従業員の25%を削減し、米国とシンガポールへの機能集約を進めています。このニュースは一見、AI分野とは異なるフィンテック固有の話題に見えますが、AIビジネスに携わる私たちにとっても無視できない重要な示唆を含んでいます。
最大のアナロジーは「規制環境による拠点の選別」です。米国では暗号資産に対する規制当局(SECなど)の締め付けが厳しく、多くのWeb3企業がより明確なルールを持つシンガポールやドバイへ流出しました。生成AIやLLM(大規模言語モデル)の世界でも、これと同様の地殻変動が始まろうとしています。
欧州の「AI法(EU AI Act)」に見られるような包括的かつ厳格な規制に対し、米国はイノベーション重視ながらも訴訟リスクが高い環境です。一方でシンガポールは「National AI Strategy 2.0」を掲げ、実用重視のガバナンスとサンドボックス制度(現行法の適用を一時的に停止して実証実験を行う制度)を整備し、世界のAI企業を誘致しています。企業は「技術が開発できる場所」ではなく「ビジネスとして展開しやすい場所」を選び始めています。
日本企業が直面する「ハブ機能」の競争
日本国内に目を向けると、著作権法第30条の4(情報解析のための複製等を認める条項)により、AIの学習データ利用に関しては世界的に見ても極めて「緩やか」で有利な環境にあります。これは「学習(Training)」の拠点としては大きなアドバンテージです。
しかし、Geminiの事例が示すように、グローバル企業は「開発・運用・販売」の機能を最適な国へ分散・集約させます。懸念されるシナリオは、AIの学習(データセンターとモデル構築)だけが日本で行われ、付加価値の高いサービス企画、グローバル本社機能、そして高度人材のハブは、英語圏であり税制・法人設立のメリットが大きいシンガポールに奪われるという構造です。
日本企業がAIを活用してグローバル展開を目指す場合、「日本で作って海外へ売る」という単純な輸出モデルではなく、ガバナンスやデータ規制の観点から、どの機能を東京に残し、どの機能をシンガポールや米国に置くかという「リージョナル戦略」が求められます。
AI時代の組織再編と「筋肉質」な経営
また、記事にある「25%の人員削減」という事実は、テック業界全体に続く「Efficiency(効率性)」の追求を象徴しています。生成AIやAutoML(機械学習の自動化)の普及により、エンジニアリングやオペレーションの省力化が加速しています。
日本企業においても、AI導入は単なる「業務効率化」にとどまらず、長期的には組織構造の変革を迫るものです。これまでは人を増やして対応していた業務を、少人数の高度AI人材とAIエージェントの組み合わせに置き換える動きは、外資系テック企業から波及しつつあります。Gemini(取引所)の動きは、成長フェーズであっても不採算部門や重複機能を容赦なく削ぎ落とし、リソースを成長領域(彼らの場合はシンガポール拠点)へ集中させる「選択と集中」の好例です。
日本企業のAI活用への示唆
今回の事例から、日本の意思決定者が学ぶべきポイントは以下の3点です。
- 「日本版」の地の利を活かし切る:日本独自の著作権法の優位性を活かし、独自の日本語LLM構築や、権利処理が複雑なコンテンツデータを活用したAIサービス開発を加速させるべきです。ここはグローバル企業が日本に注目する数少ない強みです。
- 法規制とガバナンスの「攻め」の活用:AIガバナンスを単なる「守り(コンプライアンス)」と捉えず、リスクの低い日本でPoC(概念実証)を行い、実績を作ってから規制の厳しい国へ展開するといった、規制差を利用したロードマップを描くことが重要です。
- AIを前提とした組織のスリム化:AI導入を「既存社員のサポートツール」としてだけでなく、「組織を筋肉質にするための構造改革」と位置づける視点が必要です。単純作業のアウトソースではなく、社内プロセスの自律化を進めることで、人間にしかできない高付加価値業務へのリソース集中を実現してください。
