米著名アナリストのダン・アイブス氏は、AI革命の主役がGPUなどのハードウェアから、それらを活用するソフトウェアへと移行し、「心臓と肺」の役割を果たすようになると予測しています。このトレンド転換は、DX(デジタルトランスフォーメーション)と労働力不足という課題を抱える日本企業にとって、どのような意味を持つのでしょうか。
インフラ整備から「価値創出」のフェーズへ
生成AIブームの初期、市場の関心は圧倒的に「計算資源」に集まっていました。NVIDIAに代表されるGPUの確保や、大規模言語モデル(LLM)のトレーニングインフラの構築が競争の中心でした。しかし、米Wedbush Securitiesのダン・アイブス氏が「ソフトウェアこそがAI革命の心臓と肺になる」と指摘するように、フェーズは明らかに変わりつつあります。
これは、AIが「珍しい技術」から「実務に不可欠な機能」へと昇華する段階に入ったことを意味します。企業にとって重要なのは、どれだけ高性能なチップを持っているかではなく、その上で動くソフトウェアが具体的にどのようなビジネス課題を解決し、ROI(投資対効果)を生み出すかという点です。
日本企業における「PoC疲れ」とソフトウェアへの回帰
日本国内に目を向けると、多くの企業が生成AIの検証(PoC)を一通り終え、一種の「PoC疲れ」や「実装の壁」に直面しています。「チャットボットを作ってみたが、現場で使われない」「ハルシネーション(もっともらしい嘘)のリスクがあり、顧客対応には使えない」といった声も少なくありません。
アイブス氏の示唆する「ソフトウェア中心」へのシフトは、日本企業にとっても重要な視点です。自社でゼロからモデルを構築・調整するのではなく、すでに業務フローに統合されたSaaS(Software as a Service)やパッケージソフトウェアに組み込まれたAI機能を活用する方が、即効性と安全性が高いケースが多いからです。
例えば、日々の業務で使用しているオフィススイート、CRM(顧客関係管理)、コードエディタなどにAIが「Copilot(副操縦士)」として自然に組み込まれる形です。これにより、ユーザーは新しいツールの操作を覚えることなく、既存の業務フローの中でAIの恩恵を受けることができます。
ガバナンスと現場の「手触り感」の両立
ソフトウェアレイヤーでのAI活用が進む際、日本企業が最も重視すべきは「ガバナンス」と「UX(ユーザー体験)」のバランスです。
日本の商習慣や組織文化では、正確性とコンプライアンスが極めて重視されます。そのため、AIソフトウェアの選定・開発においては、以下の点がクリティカルになります。
- データの透明性:入力データが学習に使われない設定が可能か。
- 出力の制御:不適切な回答を抑制するガードレール機能が実装されているか。
- 著作権・知財リスクへの対応:日本の著作権法(特に30条の4)はAI学習に寛容ですが、生成物の利用段階では通常の著作権侵害リスクが存在します。ソフトウェア側で出典明記やフィルタリングが機能しているかが問われます。
また、現場の「手触り感」も重要です。トップダウンで導入したAIツールが現場の抵抗に遭うのはよくある話です。日本の現場は「カイゼン」文化が根強く、既存のプロセスへのこだわりがあります。AIソフトウェアは、既存の手順を破壊するのではなく、ボトルネック(例:議事録作成、コードの定型部分の記述、多言語対応)をピンポイントで解消する「黒子」として振る舞う設計が求められます。
日本企業のAI活用への示唆
グローバルの潮流がハードウェアからソフトウェアへ移行する中、日本企業が取るべきアクションは以下の3点に集約されます。
1. 「作る」から「使い倒す」への意識転換
独自LLMの開発が必要な領域は限定的です。多くの業務課題は、Microsoft 365 Copilot、Salesforce、ServiceNow、Adobeなどの既存プラットフォームに実装されたAI機能、あるいはAPI経由で利用可能なモデルを組み合わせることで解決可能です。「AIを開発する」こと自体を目的にせず、ソフトウェアを通じて「どう業務を変えるか」にリソースを集中すべきです。
2. ラストワンマイルのUX設計
AIの出力精度が100%でないことを前提に、人間が最終確認・修正を行うプロセス(Human-in-the-loop)をソフトウェアのUIに組み込むことが重要です。日本企業が求める「品質」を担保するためには、AIにお任せにするのではなく、AIが下書きし、人間が承認するというワークフローをシステムとして確立する必要があります。
3. リスクベース・アプローチによるガバナンス
「リスクがあるから全面禁止」ではなく、用途に応じたリスク管理を行うべきです。社内文書の要約と、顧客向けの回答生成ではリスクレベルが異なります。EU AI法などの国際的な規制動向をウォッチしつつも、過度に萎縮せず、ソフトウェア側のセキュリティ機能を活用しながら、段階的に適用範囲を広げていく姿勢が求められます。
