Samsungが次期フラッグシップモデルで「エージェンティックAI」の搭載を示唆しました。これはAIが単なる「チャットボット」から、ユーザーに代わってタスクを完遂する「自律的なエージェント」へと進化する重要な転換点です。この潮流が日本のビジネス環境やプロダクト開発にどのような影響を与えるのか、実務的観点から解説します。
「対話」から「行動」へ:エージェンティックAIとは何か
Samsungが次期Galaxy S26において「エージェンティックAI(Agentic AI)」への注力を示唆したという報道は、モバイルおよびAI業界における大きな潮流を象徴しています。これまでの生成AI(Generative AI)は、主にテキストや画像の生成、要約、翻訳といった「情報の加工」に強みを持っていました。しかし、エージェンティックAIはそこから一歩進み、ユーザーの目標を理解し、自律的に計画を立て、アプリやサービスを操作して「タスクを実行(Action)」することを目指しています。
例えば、「来週の大阪出張の手配をして」と指示するだけで、スケジュールの確認、新幹線の予約、ホテルの確保、そして経費精算システムへの仮登録までを、複数のアプリを横断して完遂するようなイメージです。単独の機能(Standalone features)ではなく、プロアクティブ(能動的)なアシスタントとしての振る舞いが求められます。
オンデバイスAIと日本のビジネス環境
この動きで特に注目すべきは、処理の一部または全部をスマートフォンなどのデバイス上で行う「オンデバイスAI」の流れです。これは、データプライバシーとセキュリティを重視する日本企業にとって、非常に親和性の高いアプローチと言えます。
クラウドにデータを送信せずに手元のデバイスで処理が完結すれば、機密情報や顧客情報の漏洩リスクを最小限に抑えることができます。また、通信遅延(レイテンシ)の影響を受けにくいため、製造現場や物流現場など、リアルタイム性が求められる環境での業務アプリや、不安定な通信環境下でのフィールドワークにおいても、AI活用の可能性が広がります。
日本企業における活用と課題:SaaS連携と「APIエコノミー」
日本国内では、業務効率化や人手不足解消の切り札としてAIへの期待が高まっています。エージェンティックAIが普及すれば、これまで人間が手作業で行っていた「システム間の転記」や「調整業務」をAIが代行する未来が現実味を帯びてきます。
しかし、これを実現するためには、企業のITシステムやSaaSが、AIエージェントから操作可能である必要があります。つまり、API(Application Programming Interface)の整備が急務です。日本の多くの企業では、レガシーシステムや画面操作(GUI)に依存した業務フローが依然として多く残っています。AIエージェントが活躍するためには、人間が見るための画面だけでなく、AIが叩くためのインターフェースを整備する「バックエンドのDX」が前提条件となります。
ガバナンスとリスク:AIが「誤った行動」をした時
エージェンティックAIの導入には新たなリスクも伴います。従来のAIであれば「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」は誤情報の出力に留まりましたが、行動するAIの場合、それが「誤発注」や「誤送信」といった実害のあるアクションに直結する恐れがあります。
したがって、AIガバナンスの観点では、「Human-in-the-loop(人間が最終確認をする仕組み)」のデザインが極めて重要になります。特に日本の商習慣では、ミスの許容度が低い傾向にあるため、どのレベルの権限をAIに委譲し、どこで人間の承認を挟むかという設計が、プロダクトの成否を分けることになるでしょう。
日本企業のAI活用への示唆
Samsungの動向は一例に過ぎませんが、GoogleやAppleを含め、世界は確実に「エージェンティックAI」へと舵を切っています。この変化に対し、日本の意思決定者やエンジニアは以下の点を意識すべきです。
- 「つなぎこみ」を前提としたシステム設計: 自社のサービスや社内システムが、将来的にAIエージェントからAPI経由で利用されることを想定し、疎結合なアーキテクチャへの移行を進めること。
- ガバナンスの再定義: AIを「ツール」として使う規定から、AIに「業務を委任」する際の権限規定や責任分界点へと、社内ルールのアップデートを検討すること。
- UXの転換: ユーザーインターフェースにおいて、チャット入力だけでなく、AIが提案したアクションプランをユーザーが「承認・修正」する形のインタラクションデザインが重要になります。
「行動するAI」の時代は、単なる業務自動化の延長ではなく、人とシステムの関わり方を根本から変える可能性を秘めています。技術の進化を冷静に見極めつつ、自社の文脈に合わせた実務的な準備を始める時期に来ています。
