米国発の暗号資産取引所「Gemini」が英国市場から撤退するという報道は、一見するとAI分野とは無関係に見えるかもしれません。しかし、Googleの同名生成AIモデルを利用する我々にとって、このニュースは「グローバルなテクノロジーサービスが、現地の規制対応を理由にサービスを停止するリスク」を示唆する重要な教訓を含んでいます。本稿では、この事例をメタファーとして、日本企業がAIプロダクトを選定・運用する際に考慮すべき「地政学的リスク」と「ガバナンス」について解説します。
同名の別サービス「Gemini」の撤退が示唆するもの
Asset Servicing Timesが報じた通り、ウィンクルボス兄弟が設立した米国の暗号資産取引所およびカストディアンである「Gemini」が、英国市場から事実上の撤退(あるいは事業再編)を行う動きを見せています。まず明確にしておくべきは、これはGoogleが提供するマルチモーダルAIモデル「Gemini」の話ではないという点です。テクノロジー業界ではこのようにブランド名が衝突することが珍しくありません。
しかし、AI実務者としてこのニュースを単なる「同名他社の話題」として片付けるのは尚早です。この事例は、グローバルに展開するテクノロジー企業であっても、現地の規制環境(この場合は英国の金融規制)との折り合いがつかなければ、特定の国や地域でのサービス提供を断念せざるを得ないという現実を浮き彫りにしています。これは、OpenAIやGoogle、Anthropicなどの海外製LLM(大規模言語モデル)に依存してビジネスを構築している日本企業にとっても、対岸の火事ではないのです。
AIサービスにおける「カントリーリスク」と規制の壁
現在、生成AIを巡る法規制は世界中で急速に整備されています。EUの「AI法(EU AI Act)」は非常に厳格であり、米国でも大統領令によるガードレール策定が進んでいます。一方で、日本は著作権法においてAI学習に比較的寛容な「ソフトロー」のアプローチをとっています。
ここでリスクとなるのが、グローバルベンダーの方針転換です。例えば、あるAIベンダーが「EUの規制に合わせてモデルの挙動を変更した結果、日本の商習慣に合わなくなった」り、「特定地域のコンプライアンスコストが高すぎるため、その国でのAPI提供を制限する」といった事態は十分に考えられます。暗号資産のGeminiが英国の規制要件を背景に動いたように、AIモデルのGeminiやGPTシリーズも、各国のデータ主権(ソブリン)や規制の影響を常に受けています。
日本企業が持つべき「マルチモデル戦略」と「BCP」
特定の海外製AIモデルに過度に依存することは、一種の「ベンダーロックイン」状態を招き、事業継続性(BCP)の観点からリスクとなります。APIの仕様変更、突然のサービス停止、あるいは価格改定に対して脆弱になるからです。
日本のエンジニアやプロダクト責任者は、以下の対策を検討する必要があります。
- モデルの抽象化:LangChainなどのフレームワークを活用し、バックエンドのLLMをGPT、Gemini、Claude、あるいは国産LLM(NTT、ソフトバンク、NEC等)に容易に切り替えられるアーキテクチャを採用する。
- ハイブリッド運用:機密性の高い個人情報や企業の独自ノウハウに関わる処理は、自社環境(オンプレミスや専用クラウド)で動作するオープンソースモデルや国産モデルで行い、一般的なタスクのみグローバルモデルを利用する。
日本企業のAI活用への示唆
今回の暗号資産取引所Geminiの報道を契機に、AI活用における以下のポイントを再確認することをお勧めします。
- 名称と実体の正確な把握:
AI業界は進歩が速く、用語やブランド名が乱立しています。意思決定者はニュースのヘッドラインだけで判断せず、対象が自社の利用しているサービスそのものか、正確な一次情報を確認するリテラシーが求められます。 - 「利用不可」を前提とした設計:
外部のAI APIは「水道や電気」のような公共インフラとは異なり、企業の戦略や規制対応によって突然利用できなくなる可能性があります。代替手段を持たないプロダクト開発は避けるべきです。 - 国内法規制とグローバル動向のギャップ対応:
日本はAI活用に前向きな環境ですが、使用するツールは海外製であることが大半です。グローバルの規制動向がツールの仕様にどう影響するかを常にモニタリングし、ガバナンス体制に組み込むことが、持続可能なAI活用の鍵となります。
