Google Cloudが公共セクター向けに示した「GeminiとWorkspaceを活用した災害対応の迅速化」という事例は、有事における情報伝達と意思決定のあり方に一石を投じています。本記事では、このグローバルな事例を起点に、災害大国である日本の企業・組織が、BCP(事業継続計画)や危機管理オペレーションにおいて生成AIをどのように実装し、リスクをコントロールすべきかについて、実務的な視点から解説します。
有事における「情報伝達の遅延」という課題
Google Cloudが発表した公共セクター向けの災害対応事例は、非常に示唆に富んでいます。その核心は、災害宣言やポリシー(方針)を、即座に「市民サービス」や「具体的なアクション」へと変換するプロセスに生成AI(Gemini)とコラボレーションツール(Google Workspace)を組み込んだ点にあります。通常、災害発生時には膨大な情報の錯綜、手作業による安否確認、状況報告の集約など、多くのマニュアル作業がボトルネックとなり、初動の遅れを招きます。
この事例では、生成AIを用いて災害宣言の内容から必要なアクションプランを素早く生成し、関係者への周知や安否確認プロセスを自動化・迅速化するアプローチが取られています。これは単なる「メールの下書き作成」にとどまらず、非構造化データ(テキスト情報)を構造化されたワークフローへと瞬時に変換する試みと言えます。
日本企業のBCPにおける生成AI活用の可能性
日本は自然災害が多く、BCP(事業継続計画)の策定は多くの企業にとって必須事項です。しかし、実際の運用では「電話連絡網の形骸化」や「被害状況の集計遅れ」といったアナログな課題が依然として残っています。ここに生成AIを適用することで、以下のような変革が期待できます。
まず、**被害報告のリアルタイム集約と分析**です。各拠点や従業員から送られてくるテキストベースの報告や、SNS上の情報をLLM(大規模言語モデル)に読み込ませることで、被害の甚大なエリアをヒートマップ化したり、優先して対応すべき事象を抽出したりすることが可能になります。RAG(検索拡張生成:社内データなどを参照して回答精度を高める技術)を組み合わせれば、過去の類似災害時の対応マニュアルを即座に提示し、現場の判断を支援することも可能です。
次に、**多言語対応によるガバナンス強化**です。外国人従業員が増加する日本企業において、緊急時の指示が日本語のみで行われることはリスク要因です。生成AIを活用すれば、正確なニュアンスを保ったまま、瞬時に多言語での指示出しが可能となり、全員の安全確保(Safety Check)に寄与します。
「ハルシネーション」リスクと「Human in the Loop」
一方で、危機管理における生成AI活用には重大なリスクも伴います。最も注意すべきは「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」です。平時の業務効率化であれば多少の誤りは許容されるかもしれませんが、人命や資産に関わる災害対応において、AIが架空の避難ルートを提示したり、誤った安全情報を生成したりすることは許されません。
したがって、災害対応システムにAIを組み込む際は、必ず「Human in the Loop(人間が判断のループに入ること)」を前提とする必要があります。AIはあくまで情報の一次集約やドラフト作成までを担い、最終的な発信や意思決定は人間が行うという承認フローをシステム的に強制することが、日本の実務においては不可欠です。
また、通信インフラが遮断された環境下ではクラウドベースのAIが機能しないリスクも考慮し、エッジAI(端末側で処理を行うAI)とのハイブリッド構成や、アナログな代替手段の確保もBCPの一環として検討すべきでしょう。
日本企業のAI活用への示唆
今回のGoogleの事例は、AIが「コンテンツ生成」から「オペレーション実行」へと役割を広げていることを示しています。日本企業がここから学ぶべき要点は以下の通りです。
- 静的なマニュアルから動的な支援へ:
BCPマニュアルをPDFで保存するだけでなく、AIに学習させ、有事の際に「今何をすべきか」を対話形式で引き出せる環境を構築する。 - 情報の「入力」ではなく「判断」に人手を使う:
安否確認の集計や報告書の要約といった作業はAIに任せ、人間は「集まった情報に基づいて、事業を継続するか否か」の高度な判断に集中する体制を作る。 - 平時からのトレーニングデータの蓄積:
災害対応AIの精度は、平時の訓練データや過去のトラブル対応履歴の質に依存します。日報やヒヤリハット報告をデジタル化し、AIが参照可能な状態に整備しておくことが、将来の危機対応力を高めます。
AIを単なる「効率化ツール」として見るのではなく、組織のレジリエンス(回復力)を高めるためのインフラとして捉え直すことが、今の日本のリーダーには求められています。
