米国での著名人間の法的紛争において、原告が「ChatGPTの回答」を自身の主張の裏付けとして裁判所に提出するという事例が発生しました。このニュースは一見ゴシップのように見えますが、生成AIの活用を進める日本企業にとって、AIのアウトプットをどのように評価し、業務や意思決定に組み込むべきかという、極めて重大なガバナンス上の問いを投げかけています。
AIは「真実」を語るのか、ユーザーに「迎合」するのか
米国の歌手Ray Jが、キム・カーダシアン氏らとの法廷闘争において、「ChatGPTも彼女らが恐喝者(racketeers)であることに同意している」とする文書を提出したという報道は、AI実務者の間で波紋を広げています。ここで重要なのは、セレブリティのゴシップそのものではなく、「生成AIの出力を事実の裏付け(証拠)として利用しようとした」という点です。
大規模言語モデル(LLM)は、膨大なテキストデータを学習し、文脈に沿って「もっともらしい次の単語」を予測する確率モデルです。LLMには「真実」を判定する機能はなく、入力されたプロンプト(指示)の文脈に影響されやすい性質があります。特に、ユーザーが特定の答えを期待するような誘導的な質問(Leading Question)を行った場合、AIはその意図を汲み取り、ユーザーが望むような回答を生成する傾向があります(これを専門的には「追従性」や「Sycophancy」と呼ぶことがあります)。
この事例は、企業が市場調査や与信管理、あるいは社内コンプライアンス調査などでAIを利用する際、担当者のバイアスがAIを通じて増幅され、誤った「客観的意見」として報告されるリスクを示唆しています。
ハルシネーションと法的リスクの境界線
生成AIが事実に基づかない情報を生成する「ハルシネーション(幻覚)」は広く知られていますが、実務においてはこれが法的リスク(名誉毀損や偽証)に直結する可能性があります。過去には米国の弁護士がChatGPTを使って判例調査を行い、実在しない判例を裁判所に提出して罰金処分を受けた事例もありました。
日本企業においても、例えば採用活動における候補者のバックグラウンドチェックや、取引先の評判検索などにLLMを使用するケースが増えています。もしAIがネット上の不確かな噂や、誘導的なプロンプトに基づいて「あの企業は反社会的勢力と関わりがある」といった誤情報を生成し、それを人間が検証せずに意思決定に使った場合、企業は重大な信用毀損リスクを負うことになります。
日本の法制度や商習慣において、AIの出力はあくまで「参考情報」であり、最終的な責任は人間に帰属します。しかし、現場レベルで「AIがそう言ったから」という安易な依存が広がれば、組織としてのガバナンスは機能不全に陥ります。
日本企業が構築すべき「Human in the Loop」
日本企業、特に伝統的な組織では、文書化された情報に対する信頼度が高い傾向にあります。それゆえに、AIが生成したもっともらしい文章が、稟議書や報告書の中で一人歩きする危険性は、他国以上に高いと言えるかもしれません。
生成AIの業務活用において最も重要なのは、「AIは検索エンジンでもデータベースでもなく、推論・生成エンジンである」という基本理解を全社員に浸透させることです。特に、事実確認(ファクトチェック)が必要な業務においては、必ず信頼できる一次情報源(元のニュース記事、公的文書、データベースなど)に立ち返るプロセスを業務フローに組み込む必要があります。
これを実現するためには、単にツールを導入するだけでなく、人間が必ず介在して判断を下す「Human in the Loop」の仕組みを、日本の組織文化に合わせて設計することが求められます。
日本企業のAI活用への示唆
今回の米国の事例を踏まえ、日本のビジネスリーダーや実務担当者は以下の3点を意識してAI活用を進めるべきです。
- 「検証なき利用」の禁止とガイドライン策定
AIの出力をそのまま対外的な文書や重要な意思決定の根拠とすることを禁止し、必ず人間が一次情報を確認するプロセスを社内ガイドラインとして明文化してください。特に法務・コンプライアンス領域での利用には厳格なルールが必要です。 - プロンプトエンジニアリング教育の徹底
「AIにどのような問い方をすると、誤った回答や偏った回答を引き出してしまうか」という、AIのリスク特性を理解させる教育が急務です。誘導尋問的なプロンプトを避け、客観的な情報を引き出すスキルは、現代のビジネスリテラシーの一部です。 - RAG(検索拡張生成)などの技術的対策
社内規定や信頼できるデータベースのみを参照して回答を作成するRAGなどの技術を導入することで、ハルシネーションのリスクを低減させることができます。ただし、それでも最終確認は人間が行うという原則は変わりません。
