19 1月 2026, 月

「攻撃者の武器」を防御へ転用する:生成AI活用によるフィッシング耐性強化の現在地

生成AIの普及により、サイバー攻撃の手法は高度化・自動化の一途をたどっています。しかし、その「攻撃者の武器」であるLLM(大規模言語モデル)を、防御側の教育・訓練に活用しようとする動きが加速しています。本稿では、最新の研究動向を起点に、日本企業が直面するセキュリティ課題と、AIを活用した実践的なフィッシング耐性強化策について解説します。

「怪しい日本語」が消えた時代の脅威

かつて日本の企業や組織を守っていた「言語の壁」は、生成AIの登場によって事実上崩壊しました。これまでのフィッシングメール対策では、「日本語が不自然である」「フォントが中華フォントである」といった特徴が判断基準の一つとして教育されてきましたが、DeepLやChatGPTなどの高性能なLLMを悪用すれば、流暢な敬語やビジネス慣習を踏まえた攻撃メールを容易に作成可能です。

セキュリティベンダーや攻撃者がAIを利用して攻撃の質を高める中、防御側である企業のセキュリティ教育(標的型攻撃メール訓練など)が、依然として定型的なテンプレートに依存していては、実効性のある防御力は養えません。ここで注目されているのが、攻撃者と同じく「LLMを用いて訓練シナリオを生成・高度化する」というアプローチです。

LLMによるトレーニングシナリオの個別最適化

最近の研究では、LLMに対する指示(プロンプト)の工夫によって、生成されるフィッシングメールの「教育的効果」が大きく変わることが示唆されています。単に「フィッシングメールを作って」と指示するのではなく、特定の部署、役職、あるいは実際の業務文脈を想定したペルソナを与えることで、より巧妙で、かつ従業員の「気付き」を促す質の高い訓練データを作成できる可能性があります。

これは、従来の人手によるシナリオ作成コストを大幅に削減するだけでなく、従業員一人ひとりの属性に合わせた「パーソナライズされた訓練」を可能にします。例えば、経理担当者には請求書関連、開発者にはOSS(オープンソースソフトウェア)の脆弱性通知を装うなど、文脈に応じた訓練を自動生成することで、組織全体のレジリエンス(回復力・抵抗力)を高めることが期待されます。

日本企業における活用とガバナンス上の留意点

日本企業においてこの手法を取り入れる際、考慮すべきは「精度の高さ」と「情報の取り扱い」のバランスです。

まず、日本の商習慣特有の「空気を読む」文脈や、社内用語(ジャーゴン)を訓練に取り入れることで、リアリティは増します。しかし、訓練メールの生成に社内の機密情報や実際の過去メールを安易にパブリックなLLMに入力することは、情報漏洩リスク(AIへの学習利用など)に直結します。Azure OpenAI Serviceのようなエンタープライズ環境や、ローカルLLMを活用し、データが学習に利用されない環境を構築することが大前提となります。

また、生成された文面が倫理的に問題ないか、従業員に過度な心理的負担を与えないかといった「AIガバナンス」の観点でのチェックも、完全自動化する前の段階では人間(Human-in-the-loop)が担うべきでしょう。

日本企業のAI活用への示唆

AIによるフィッシング訓練の高度化は、単なるツールの導入ではなく、セキュリティ運用の質的転換を意味します。日本の意思決定者や実務担当者は以下の点に留意して推進すべきです。

  • 「形式的な訓練」からの脱却:全社員一律のテンプレート訓練ではなく、AIを活用して部門・階層別に最適化された「騙される可能性の高い」シナリオを用い、実践的な耐性を評価する体制へシフトする。
  • 攻撃者視点のシミュレーション:「AIを使えばどのような攻撃が可能か」を防御側が理解するために、あえてAIに攻撃メールを生成させ、自社のメールフィルタリングや従業員の検知能力をテストする(レッドチーム演習の簡易版としての活用)。
  • 安全なAI利用基盤の整備:リアルな訓練データを生成するためには内部情報の活用が不可欠であるため、入力データが外部に漏れないセキュアなLLM環境を、全社的なAI基盤として整備しておくことがセキュリティ強化にも繋がる。

AIは攻撃者の参入障壁を下げましたが、同時に防御側の運用コストを下げ、質を高めるツールでもあります。リスクを正しく恐れつつ、AIを「防御のパートナー」として組み込む意思決定が求められています。

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