ハワイのジェミニ北望遠鏡(Gemini North)がキラウエア火山の噴火を捉えたというニュースは、AI業界においては意外な示唆を与えてくれます。それは、生成AIや検索システムにおける「固有名詞の衝突」と「文脈理解」の難しさです。本稿では、このニュースを起点に、日本企業がRAG(検索拡張生成)などを導入する際に直面する「言葉の定義」と「データガバナンス」の問題について解説します。
ニュースの背景:もう一つの「Gemini」
今回取り上げる話題は、アメリカ国立科学財団(NSF)のNOIRLabが運営する「ジェミニ天文台(International Gemini Observatory)」に関するものです。ハワイにあるジェミニ北望遠鏡のクラウドカメラが、キラウエア火山の噴火の様子を捉えたという観測報告であり、これはGoogleが提供する生成AIモデル「Gemini」に関するニュースではありません。
しかし、AIの実務家としてこのニュースを見たとき、私たちは重要な課題に気づかされます。もし、社内の情報検索システムやRAG(Retrieval-Augmented Generation)システムにこのドキュメントが含まれていた場合、ユーザーが「Geminiの最新状況を教えて」と質問したら、AIは「GoogleのAIモデル」について答えるべきでしょうか、それとも「ハワイの望遠鏡の観測結果」を答えるべきでしょうか。これは、企業におけるAI活用、特に社内データ検索において避けて通れない「エンティティ(実体)の曖昧性解消」の問題を浮き彫りにしています。
企業内検索・RAGにおける「同音異義語」のリスク
現在、多くの日本企業が社内ナレッジ活用のために、大規模言語モデル(LLM)と社内データベースを連携させたRAGの構築を進めています。ここで頻発するのが、社内用語と一般用語、あるいはプロジェクト名同士の衝突です。
例えば、社内で「サクラ」という名称のプロジェクトが進行しているとします。一方で、福利厚生のドキュメントには「桜の開花時期」に関する記述があるかもしれません。AIに対して文脈を与えずに「サクラについて教えて」と問えば、AIは関連性の高い情報をベクトル検索で拾い上げますが、その際、文脈(コンテキスト)が十分に定義されていないと、プロジェクトの進捗を知りたいのに、花見の情報を提示してしまう、あるいはその逆の現象が起こり得ます。今回の「Gemini(天文台)とGemini(AI)」の例は、まさにその典型です。
日本語のハイコンテクスト文化とAI
特に日本のビジネス文書やコミュニケーションは「ハイコンテクスト」であると言われます。主語を省略したり、「あの件」「例のプロジェクト」といった指示語で会話が進んだりすることが多々あります。
「部長の承認を得てください」という文章が社内規定にあった場合、それが「どの部署の部長」で「現在の部長は誰か」というメタデータ(属性情報)が紐付いていなければ、AIは正確な回答を生成できません。グローバルなAIモデルは文脈推測に長けていますが、社内固有の暗黙知までは学習していないため、ここでの回答精度が業務効率化のボトルネックとなります。
AI導入において、単に高性能なモデルを採用すれば解決するわけではなく、検索対象となるデータの整備(前処理)や、用語辞書の整備といった地道な泥臭い作業が不可欠となる理由はここにあります。
日本企業のAI活用への示唆
今回の「Gemini」という名称の重複事例から、日本企業がAI活用を進める上で留意すべき点は以下の通りです。
1. 社内用語の標準化と辞書管理
プロジェクト名やコードネームを決める際は、一般的すぎる名称を避けるか、AIに学習・参照させる際に「プロジェクト〇〇」と明記するルールを設けることが有効です。また、略語が何を指すのかを定義した「エンタープライズ・グロッサリー(用語集)」を整備し、RAGの参照元に加えることが推奨されます。
2. ドキュメントへのメタデータ付与の徹底
作成者、作成日、部署、関連プロジェクトなどのメタデータをドキュメントに付与する習慣を組織文化として根付かせる必要があります。これにより、AIは「2024年の人事部のドキュメント」に絞って回答を生成できるようになり、ハルシネーション(もっともらしい嘘)のリスクを低減できます。
3. 「人間参加型(Human-in-the-Loop)」の評価プロセス
AIが「Gemini」をどう解釈したかを確認し、誤りがあればフィードバックを行うプロセスを業務フローに組み込むことが重要です。特に金融や製造など、ミスが許されない領域では、AIの出力を鵜呑みにせず、参照元ソースを確認するUI/UXの設計が求められます。
AIは魔法の杖ではなく、入力されたデータの質に依存するツールです。技術的な検証と並行して、こうした「情報ガバナンス」の再構築に取り組むことが、成功への近道となります。
