米国のアリゾナ州で、警察が容疑者の似顔絵作成にChatGPT(画像生成機能)を利用している事例が報じられました。業務効率化への期待がある一方で、専門家からは目撃者の記憶への干渉やバイアスに関する重大な懸念が示されています。本記事では、この事例を端緒に、人権や公平性に関わる「高リスク領域」における生成AI活用の是非と、日本企業が留意すべきガバナンスの要諦を解説します。
米警察による生成AI活用と専門家の懸念
米アリゾナ州のグッドイヤー警察が、目撃者の証言をもとに容疑者の似顔絵を作成する際、ChatGPT(正確にはOpenAIのDALL-E 3などの画像生成機能を含むインターフェース)を利用していることが報じられました。従来、法執行機関では専門のアーティスト(モンタージュ作成官)が証言を慎重に聞き取りながら、特徴を捉えたスケッチを作成してきました。これをAIに代替させることで、時間とコストを大幅に削減しようという試みです。
しかし、これに対してAI倫理や法学の専門家からは強い警告が発せられています。生成AIは学習データに基づいて「もっともらしい画像」を合成するため、実際には存在しない特徴を付加したり、人種や性別に関するバイアス(偏見)を増幅させたりするリスクがあるためです。また、過度にリアルなAI画像を目撃者に見せることで、目撃者自身の記憶が事後的に書き換えられてしまう可能性も指摘されています。
「確率的な生成」と「事実の記録」の混同
この事例は、生成AIの本質的な特性である「確率的な生成」を、「事実の記録・再現」という厳密性が求められるタスクに適用してしまった典型的なアンチパターン(避けるべき手法)と言えます。
生成AIは、膨大なデータから統計的に尤もらしいパターンを出力するツールであり、真実を導き出すデータベースではありません。特に画像生成AIは、プロンプト(指示文)に含まれていない細部を、学習データの傾向に基づいて自動的に補完します。ビジネスの文脈における「広告クリエイティブの作成」や「アイデア出し」であれば、この補完能力は創造性としてプラスに働きます。しかし、警察捜査や採用判断、融資審査といった「個人の権利や運命を左右する意思決定」において、AIによる勝手な補完は致命的な誤判断や差別につながりかねません。
日本企業における「ハイリスクAI」への向き合い方
日本国内においても、業務効率化を目的としたAI導入が進んでいますが、今回の事例は対岸の火事ではありません。特に、人事評価、信用スコアリング、監視カメラ画像の解析など、人の権利に影響を与える領域でのAI活用は慎重さが求められます。
欧州の「AI法(EU AI Act)」では、法執行や重要インフラ、雇用などに関わるAIを「ハイリスクAI」と分類し、厳格な管理を求めています。日本には現時点で同等の厳しい法規制はありませんが、内閣府の「AI事業者ガイドライン」や経済産業省の指針では、人間中心の原則やプライバシー保護が強調されています。
日本企業特有の商習慣として、一度システムによる出力が行われると、それを「客観的な正解」として過度に信頼してしまう現場の傾向(バイアス)も見受けられます。AIが生成した情報が、あくまで「確率的な推論」に過ぎないことを組織全体で理解しておかなければ、コンプライアンス上の大きなリスクを抱えることになります。
日本企業のAI活用への示唆
今回の米警察の事例を踏まえ、日本企業がAI活用を進める上で意識すべきポイントは以下の3点です。
1. 適用領域の「リスク区分」を明確にする
すべての業務に同じ基準でAIを適用するのではなく、ミスが許容される「クリエイティブ・事務効率化領域」と、高い正確性と公平性が求められる「意思決定・権利侵害リスク領域」を明確に区別してください。後者においては、現行の生成AIをそのまま適用することには慎重であるべきです。
2. 「Human-in-the-loop(人間による介在)」の設計
重要な判断を行うプロセスでは、必ず人間が最終確認を行うフローを組み込む必要があります。AIはあくまで補助ツール(コパイロット)として位置づけ、AIの出力を鵜呑みにせず、人間が事実確認や倫理的判断を行う責任体制を構築してください。
3. 説明責任と透明性の確保
顧客や従業員に対し、どのプロセスでAIが使われているかを透明性を持って説明できる状態にしておくことが重要です。特に画像や文章を生成して対外的に出す場合、「AIによって生成されたものである」という明示や、その元データや生成プロセスに関する説明責任が、将来的な法的リスクやレピュテーションリスクを低減します。
