デジタルメディア大手Ziff DavisによるOpenAIへの著作権侵害訴訟が、新たな局面を迎えました。米国での司法判断は、生成AIの学習データに関する法的解釈を揺るがし続けています。日本の著作権法下にある企業であっても、このグローバルな係争の行方と、それがAIモデルの持続可能性に与える影響を無視することはできません。
Ziff Davis対OpenAI訴訟の現状と論点
米国のデジタル出版社Ziff Davis(IGNやPCMagなどを所有)が、ChatGPTの開発元であるOpenAIを著作権侵害で訴えている件において、担当判事はZiff Davis側の主張の一部を認め、審理を進める判断を下しました。これは、OpenAIが求めていた訴えの却下や手続きの遅延が全面的には認められなかったことを意味します。
一方で、OpenAI側も一定の戦果を上げています。判事は、ChatGPTの「より新しいモデル」に関する証拠開示(ディスカバリー)の手続きを一時停止(stay)することを認めました。これは、現在係争の中心となっている過去の学習データセットと、今後リリースされる最新技術に関する情報を切り分け、OpenAI側の企業秘密や開発スピードを守るための防衛線が一部機能した形と言えます。
この訴訟は、New York Timesなど他の大手メディアによる訴訟と同様、「Web上の公開データをAIの学習に無断で利用することは、著作権侵害にあたるのか、それともフェアユース(公正利用)なのか」という、生成AIビジネスの根幹に関わる問いを投げかけています。
米国における「フェアユース」を巡る不確実性
米国では現在、AI開発企業が主張する「学習はフェアユースである」という理屈に対し、司法が明確な最終判断を下していません。もし今後、主要な訴訟でAI開発企業側が敗訴、あるいは厳しい和解条件を課された場合、以下のような影響が考えられます。
- 基盤モデルのコスト増:学習データのライセンス料が上乗せされ、API利用料が高騰する可能性があります。
- モデルの性能変化:権利関係がクリアでないデータが削除され、特定の知識領域でAIの回答精度が下がるリスクがあります。
グローバル展開するAIモデルを利用している日本企業にとって、これは対岸の火事ではありません。利用しているLLM(大規模言語モデル)の法的安定性が、自社サービスの継続性に直結するからです。
日本の「著作権法第30条の4」とのギャップと実務対応
ここで重要なのが、日米の法制度の違いです。日本の著作権法第30条の4は、世界的に見てもAI学習に極めて寛容であり、営利目的であっても「情報解析」のための学習利用は原則として著作権侵害にあたらないとされています。
しかし、実務上は以下の点に注意が必要です。
第一に、グローバル展開のリスクです。日本国内で開発・学習させたモデルであっても、そのサービスを米国や欧州で展開する場合、現地の著作権法が適用されるリスクがあります。「日本では合法だから」という理屈が、国際ビジネスでは通じない場面が増えています。
第二に、レピュテーションリスク(評判リスク)です。法的に問題がなくとも、クリエイターやメディアの権利を軽視していると見なされれば、企業ブランドが毀損する可能性があります。特に国内でも、イラスト生成AIなどを中心にクリエイター保護の声が高まっており、テキスト生成においても配慮が求められる土壌ができつつあります。
日本企業のAI活用への示唆
今回のZiff Davis対OpenAIの動向を踏まえ、日本企業の実務担当者は以下のポイントを意識して戦略を立てるべきです。
1. 外部モデル依存リスクの再評価
OpenAI等の米国製モデルは強力ですが、訴訟リスクによる将来的な仕様変更やコスト増の可能性を織り込む必要があります。特定のモデルにロックインされないよう、LLMを切り替え可能なアーキテクチャ(LLM Gatewayなど)を採用しておくことが、技術的なリスクヘッジとなります。
2. RAG(検索拡張生成)による権利関係の明確化
AIの学習データに含まれる知識に頼り切るのではなく、自社が保有するデータや、正式に契約した外部データベースをRAG(Retrieval-Augmented Generation)の仕組みで参照させるアプローチがより重要になります。これにより、回答の根拠を明確化しつつ、著作権的な透明性を高めることができます。
3. 「日本基準」と「グローバル基準」の使い分け
国内限定の業務効率化ツールであれば、日本の著作権法(第30条の4)を最大限活用して開発スピードを優先するのが合理的です。一方、対外的なサービスやグローバル展開を見据えるプロダクトでは、学習データのクリーンさを重視したモデル選定や、データ提供元とのライセンス契約を検討するなど、より慎重なガバナンスが求められます。
