Llama 3やMistralなどの高性能なオープンソース大規模言語モデル(LLM)の普及に伴い、研究者たちはこれらがインターネット上で無防備な「計算リソース層」を形成しつつあると警告しています。本稿では、自社環境でLLMを運用する際に生じる新たなセキュリティリスクと、NISTやMITREなどの国際フレームワークを参照しつつ、日本企業が取るべき実務的な防御策について解説します。
オープンソースLLMの普及と「露出する計算資源」のリスク
生成AIの民主化が進む中、多くの企業がコスト削減やデータの機密性保持(データ主権)を目的に、OpenAIやGoogleなどの商用APIではなく、オープンソースのLLM(Llama 3、Mistral、あるいは日本特化モデルなど)を自社サーバーやプライベートクラウドにデプロイする動きを加速させています。しかし、セキュリティ研究者たちは、こうした独自運用されるLLMの多くが適切な保護なしにインターネット上に公開され、攻撃者にとって格好の「計算リソース層(Compute Layer)」になりつつあると警告しています。
ここで言う「計算リソース層としての露出」とは、単にモデルが盗まれることだけを指すのではありません。不適切に設定されたAPIエンドポイントや推論サーバーが、攻撃者によって悪意あるコードの生成、フィッシングメールの大量作成、あるいは内部ネットワークへの侵入(ピボット)の踏み台として利用されるリスクを意味します。特に、「実験用だから」と安易に外部公開設定にしたPoC(概念実証)環境が、そのまま攻撃の入り口となるケースが懸念されています。
日本企業における「自前主義」の落とし穴
日本国内においても、情報漏洩への懸念から「オンプレミス回帰」や「国産・自社製LLMの活用」が推奨される傾向にあります。これはガバナンスの観点からは正しい選択の一つですが、インフラセキュリティの観点では大きな責任を伴います。商用APIを利用する場合、インフラ層の防御や基本的なガードレール(不適切な入出力の制御)はプロバイダーがある程度担保してくれます。一方、オープンソースLLMを自社運用する場合、モデル自体の脆弱性管理だけでなく、推論サーバー(vLLMやTGIなど)の設定、認証認可、ネットワーク分離といった従来のセキュリティ対策をすべて自社で完結させなければなりません。
日本の組織文化として、開発スピードを優先するあまり、セキュリティレビューを経ずに「とりあえず動く環境」を構築し、それが常態化してしまうことがあります。LLMは従来のWebアプリケーションとは異なり、プロンプトインジェクション(AIを騙して意図しない動作をさせる攻撃)などの特有の攻撃手法が存在するため、既存のWAF(Web Application Firewall)だけでは防ぎきれないのが実情です。
国際基準(NIST・MITRE)に基づく防御策の適用
こうしたリスクに対抗するためには、場当たり的な対応ではなく、国際的に認められたフレームワークを適用することが有効です。元記事でも触れられている通り、米国国立標準技術研究所(NIST)の「AIリスクマネジメントフレームワーク(AI RMF)」や、MITRE社の「MITRE ATLAS」(AIシステムに対する敵対的脅威の知識ベース)などが参照すべき基準となります。
日本国内でも、経済産業省と総務省が策定した「AI事業者ガイドライン」は、これらの国際基準と調和する形で作られています。実務担当者は、以下の3点を重点的に見直す必要があります。
第一に、アセットの可視化とアクセス制御です。社内のどこでどのLLMが稼働しているかを把握し(Shadow AIの排除)、認証なしでアクセス可能なエンドポイントを撲滅することです。
第二に、入出力のガードレール実装です。NeMo GuardrailsやLLM Guardなどのツールを用い、モデルに入力される前のプロンプトと、出力される回答の両方をフィルタリングし、攻撃の成立を防ぎます。
第三に、レッドチーミングの実施です。開発者によるテストだけでなく、攻撃者視点でモデルの脆弱性を突くテストを行い、運用前にリスクを洗い出すプロセスが不可欠です。
日本企業のAI活用への示唆
今回の「露出する計算リソース層」という警告から、日本企業が得るべき示唆は以下の通りです。
1. 「オープンソース=低コスト」の認識を改める
ライセンス料が無料であっても、安全に運用するためのセキュリティコストと人的リソースは商用API以上に必要となる場合があります。運用設計の中にセキュリティコストを正しく計上する必要があります。
2. 「PoC環境」のセキュリティ基準引き上げ
「本番ではないから」という油断が最大のリスクです。外部と接続するLLM環境は、PoC段階であっても本番相当のネットワーク分離と認証を必須とするルール作りが急務です。
3. ガバナンスとエンジニアリングの連携
法務・コンプライアンス部門が策定するガイドラインと、現場のエンジニアが実装するセキュリティ設定の間に乖離がないか確認してください。NIST AI RMFのようなフレームワークを共通言語として、組織横断的なリスク管理体制を構築することが、持続可能なAI活用の鍵となります。
