ChatGPT、Perplexity、Geminiなどの生成AIチャットボットは、もはや日常的な業務ツールとして定着しつつあります。しかし、その利便性の裏で、ユーザーが意図せず入力してしまう「機密情報」や「プライバシー情報」のリスク管理は、多くの日本企業にとって喫緊の課題です。本記事では、AIチャットボットに入力すべきではない情報の具体的なカテゴリーと、日本企業が取るべきガバナンスと活用のバランスについて解説します。
日常に溶け込むAIと「情報のブラックボックス化」
生成AIの急速な普及により、ChatGPTやPerplexity、GoogleのGeminiといったAIチャットボットは、エンジニアのコード生成からマーケティング担当者の企画立案、あるいは日常的な検索の代替として広く利用されるようになりました。これらのツールは対話形式で自然に利用できるため、ユーザーはつい「同僚に相談するような感覚」で情報を入力してしまいがちです。
しかし、企業の情報セキュリティ担当者や意思決定者が理解しておくべき重要な事実は、多くの無料版や個人向けプランの生成AIサービスにおいて、「入力されたデータは、原則としてAIモデルの再学習に利用される可能性がある」という点です。これは、企業が保有する独自のノウハウや顧客情報が、意図せずグローバルなAIモデルの一部として取り込まれ、最悪の場合、競合他社や第三者への回答として出力されてしまうリスク(学習データ汚染や情報漏洩)を孕んでいます。
AIチャットボットに入力してはいけない3つの重要カテゴリー
グローバルな視点で見ても、AIに入力すべきではない情報は明確に定義されつつあります。実務において特に注意すべきは以下の3点です。
1. 個人識別情報(PII)とプライバシー情報
氏名、住所、電話番号はもちろん、特定の個人を識別できるあらゆる情報が含まれます。日本では「個人情報保護法」の観点からも極めて重要です。例えば、採用担当者が応募者の履歴書情報をAIに要約させたり、カスタマーサポートが顧客の生の声をそのまま入力して分析させたりする行為は、コンプライアンス違反のリスクが極めて高くなります。
2. 企業の機密情報(営業秘密・未公開情報)
未発表の新製品スペック、内部会議の議事録、財務データの詳細、あるいは具体的な事業戦略などが該当します。「契約書のドラフト作成」や「戦略資料の推敲」は生成AIの得意分野ですが、そこに固有有名詞や具体的な数字を含めることは避けるべきです。一度入力された情報は、クラウド上のサーバーにログとして残り、場合によってはAIベンダーの品質管理プロセスで人間の担当者に閲覧される可能性もゼロではありません。
3. セキュリティ認証情報とソースコード
エンジニアにとって特に注意が必要なのが、パスワード、APIキー、アクセストークンなどの認証情報です。これらを誤ってプロンプト(指示文)に含めてしまうケースが散見されます。また、自社のコア技術に関わる独自のソースコードをそのまま貼り付けてデバッグを依頼することも、知的財産の流出につながりかねません。
AIの記憶メカニズムと「忘れさせる」権利
AIチャットボットは、セッションの文脈を理解するために過去のやり取りを一時的に保持しますが、それとは別に、サービス改善のためにデータを長期保存する設定がデフォルトになっていることが一般的です。
現在、主要なAIベンダーは「オプトアウト(学習への利用拒否)」の設定や、データが保存されない「エンタープライズ版」の提供を進めています。しかし、エンドユーザーが個人のアカウントで業務を行う、いわゆる「シャドーAI」の状態では、これらの保護機能が働かないケースが大半です。ユーザー自身が設定画面から履歴機能をオフにするなどの自衛策も存在しますが、組織としては個人のリテラシーに依存するのは危険です。
日本企業のAI活用への示唆
以上のリスクを踏まえ、日本企業は単に「利用禁止」にするのではなく、安全に活用するための環境整備が求められます。
- 入力データのフィルタリングとガイドライン策定:
「社外秘」「個人情報」の入力を禁止するガイドラインを策定することは基本ですが、それだけでは不十分です。具体的な事例(NG集)を用いた教育や、DLP(情報漏洩対策)ツールを用いて機密情報の送信をブロックする技術的対策も検討すべきです。 - エンタープライズ版の導入と環境分離:
ChatGPT EnterpriseやGemini for Google Workspaceなど、入力データが学習に利用されない契約プランを会社として導入し、業務利用は必ずその環境下で行うよう徹底することが、最も確実なリスク低減策です。 - 「匿名化・抽象化」のスキル向上:
AIを活用する際は、固有名詞を「A社」「B商品」のように置き換える、あるいは具体的な数値を伏せて構造やロジックだけを相談するといった「プロンプトエンジニアリング」の一環としてのセキュリティスキルを従業員に教育することが、生産性と安全性の両立につながります。
AIは強力なパートナーですが、情報の取り扱いに関しては「信頼しすぎない」姿勢が不可欠です。法規制と技術の進化を見据えながら、組織全体でリテラシーを高めていくことが、AI時代の競争力の源泉となるでしょう。
