3 2月 2026, 火

現場の違和感 vs システムの正常性:AI運用における「再現性」と「人間の判断」を考える

エア・インディア(AI)のフライト132便で発生した、パイロットによる不具合報告と、その後の点検で「異常なし」とされた事例。一見すると航空業界のニュースですが、これは現在のAI運用、特に生成AI(GenAI)やMLOpsが抱える本質的な課題を浮き彫りにしています。システムログに残らない「現場の違和感」を組織としてどう扱うべきか。日本の実務者が直面するリスク管理とガバナンスの視点から解説します。

ログに残らない「現場の違和感」とAIのリスク

元となったニュースは、エア・インディア(AI-132便)において、パイロットが燃料スイッチの不具合を指摘したものの、航空会社側が「調査の結果、問題は見つからなかった」と反論しているという事例です。航空機とAI、対象は異なりますが、この「熟練オペレーター(人間)が異常を検知したが、事後検証(システムチェック)では再現しない」という状況は、AIシステムを運用する多くの企業が直面する課題と酷似しています。

現在の深層学習や大規模言語モデル(LLM)は、従来のルールベースのプログラムとは異なり、確率論的に動作します。そのため、特定の文脈やタイミングで発生した「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」や「不適切な挙動」が、開発環境や事後ログの解析では再現できないケースが多々あります。これを単に「異常なし」として処理してしまうことは、本番環境での重大な事故やコンプライアンス違反を見過ごすリスク(False Negative)に直結します。

確率論的システムにおける「再現性」の壁

日本企業、特に製造業や金融業では、品質管理において「再現性」と「原因究明」が徹底して求められます。しかし、生成AIのような非決定論的なシステムをプロダクトに組み込む場合、従来のデバッグ手法が通用しない場面が増えています。

例えば、カスタマーサポートAIが特定の顧客に対してのみ差別的な発言をしたとします。しかし、エンジニアが同じプロンプトを入力しても、パラメータ設定(Temperature等)や内部状態の微細な違いにより、同じ回答が返ってこないことがあります。航空機の事例と同様に、「ログ上は正常動作している」からといって、エンドユーザーが体験した不具合が存在しなかったことにはなりません。ここに、MLOps(機械学習基盤の運用)における「オブザーバビリティ(可観測性)」の重要性があります。単なるエラーログだけでなく、入力データの特徴分布やモデルの推論根拠をリアルタイムで監視する仕組みが不可欠です。

日本企業に求められる「人間中心」のAIガバナンス

日本の現場(現場力)の強みは、マニュアルにはない微細な違和感を察知する能力にあります。AI活用においても、この強みを活かすべきです。「AI(システム)が正しい」と過信するのではなく、Human-in-the-Loop(人間が介在する仕組み)を前提とした運用設計が必要です。

パイロットがスイッチの違和感を報告したように、AIを利用する従業員やユーザーが「この回答はおかしい」と容易にフラグを立てられるフィードバックループを構築すること。そして、システム上のエラーが出ていなくても、人間の報告を重く受け止めて調査を行う組織文化を作ること。これが、ブラックボックス化しやすいAIシステムに対する、日本企業らしい堅実なガバナンスの形と言えるでしょう。

日本企業のAI活用への示唆

今回の事例をメタファーとして、日本企業がAIプロダクトを開発・導入する際に留意すべき点を整理します。

  • 「異常なし」の定義を見直す:システムログにエラーが出ていないことと、品質に問題がないことはイコールではありません。特に生成AIでは、出力の質的評価(安全性、倫理、正確性)を継続的に行う「AI評価(Evaluation)」のプロセスを業務フローに組み込む必要があります。
  • 現場からのフィードバックチャネルの確立:AIの挙動に関する違和感を、現場の担当者が気軽に報告できる仕組みを作ってください。その際、報告者を責めず、システム改善の貴重なデータとして扱う「心理的安全性」の確保が重要です。
  • 説明責任とトレーサビリティの確保:「なぜAIがその判断をしたか」を完全に説明することは技術的に困難な場合があります。だからこそ、リスクが高い領域(医療、金融、インフラ等)では、最終決定権を人間が持ち、AIはあくまで支援ツールに留めるという線引きを明確にすることが、法的・倫理的リスクの低減に繋がります。
  • 契約・SLAへの落とし込み:受託開発やベンダー選定において、AI特有の「完全な再現性の欠如」を法務・知財部門と共有し、契約上の瑕疵担保責任やSLA(サービス品質保証)の定義を、従来のソフトウェア開発とは分けて検討することが推奨されます。

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