インド政府が海外クラウド事業者に対し、2047年までの長期的な免税措置を打ち出しました。世界的なAI計算資源の争奪戦が加速する中、この動きは単なるコスト削減のニュースにとどまらず、各国の「AI主権」やデータガバナンスのあり方を問うものです。日本企業がグローバルな計算資源をどのように活用し、同時に国内の規制や商習慣を守るべきか、実務的な視点で解説します。
グローバルな計算資源獲得競争の背景
生成AIの開発・運用において、GPUを中心とした計算資源(コンピュート)の確保は、今や企業の競争力を左右する最重要課題の一つです。TechCrunchが報じたように、インド政府は海外のクラウドプロバイダーに対し、2047年までサービス販売にかかる税金をゼロにするという大胆な優遇措置を発表しました。これは、世界中のAIワークロード(処理負荷)を自国に呼び込み、AIインフラのハブとしての地位を確立しようとする国家戦略の表れです。
しかし、これはインドだけの動きではありません。中東諸国や東南アジア各国も、安価な電力や税制優遇を武器にデータセンター誘致を進めています。日本企業にとっては、高騰する国内のクラウドコストを抑える選択肢が増える一方で、データセンターの「物理的な場所」がもたらす新たなリスクと向き合う必要性が生じています。
コストメリットと「データ主権」のジレンマ
日本国内で大規模言語モデル(LLM)の構築や、大規模なファインチューニング(追加学習)を行う場合、計算コストは膨大なものになります。インドのような低コストなリージョンを活用すれば、開発費を大幅に圧縮できる可能性があります。特に、個人情報を含まない公開データを用いた事前学習や、アカデミックな研究開発用途であれば、海外リソースの活用は合理的です。
一方で、日本の実務において最大の障壁となるのが「データ主権」と「法規制」です。改正個人情報保護法や、経済安全保障推進法などの観点から、顧客データや機密情報を安易に海外サーバーへ転送することはリスクを伴います。特に金融、医療、公共インフラなどの領域では、データの保管場所(データレジデンシー)を国内に限定することが商習慣上、あるいは契約上の必須条件となるケースが大半です。コストが安いからといって、ガバナンスを無視して海外リージョンを選択することは、企業の社会的信用を損なう致命的なリスクとなり得ます。
「適材適所」のハイブリッド戦略
では、日本企業はどのように振る舞うべきでしょうか。答えは「オール・オア・ナッシング」ではなく、ワークロードに応じた使い分けにあります。例えば、機密性の高いRAG(検索拡張生成)の参照データや、顧客対応の推論処理は、レイテンシ(通信遅延)とセキュリティを考慮して国内のデータセンターで行う。一方で、機密性のない一般データの処理や、莫大な計算力を要する基礎モデルの実験的な学習は、コスト効率の良い海外リージョンを活用する、といったハイブリッドな構成が現実的な解となります。
また、昨今の「ソブリンAI(主権AI)」の潮流を受け、日本政府や国内通信大手も国内計算基盤の整備を急いでいます。しかし、需要に対して供給が追いついていないのが現状です。海外の安価なリソースを「バッファ(緩衝材)」として賢く利用しながら、重要なコア資産は国内で守るという、したたかなインフラ戦略が求められます。
日本企業のAI活用への示唆
今回のインドの事例をはじめとするグローバルな動向を踏まえ、日本の意思決定者やエンジニアが考慮すべきポイントを整理します。
1. データの格付けと配置戦略の策定
社内で扱うデータを「機密性」「法的制約」「レイテンシ許容度」で分類してください。すべてのデータを国内に置く必要はありませんが、海外に出してはいけないデータの線引きを明確にし、エンジニアと法務担当者が共通認識を持つことがAIガバナンスの第一歩です。
2. 「AI FinOps」の視点を持つ
クラウドコストの最適化(FinOps)は、AI時代においてより複雑化します。単価の安さだけでなく、為替リスク、データ転送コスト、そしてコンプライアンス対応にかかる人的コストを含めたTCO(総保有コスト)で判断する必要があります。
3. ベンダーロックインの回避と多様性の確保
特定の国やプロバイダーに依存しすぎると、地政学的なリスクや急な政策変更の影響をまともに受けます。インドの免税措置は魅力的ですが、マルチクラウドやハイブリッドクラウドの構成を維持し、有事の際には処理を別の場所へ移せる柔軟性(ポータビリティ)を確保しておくことが、事業継続計画(BCP)の観点からも重要です。
