GitHub CopilotやCursorなどの生成AIツールは、開発現場に劇的な生産性向上をもたらしています。しかし、その利便性の裏で「試行錯誤するプロセス」が省略され、エンジニアのスキル習熟や本質的な理解が妨げられるリスクが指摘されています。本記事では、AI活用が進む中でのエンジニア育成と技術継承の課題、そして日本企業がとるべき対策について解説します。
「書ける」ことと「理解している」ことの乖離
近年、ソフトウェア開発の現場では、生成AIを搭載したコーディングアシスタントの導入が急速に進んでいます。定型的なコードの生成や単体テストの記述、ドキュメント作成において、AIは驚異的なスピードを発揮し、エンジニアの負担を軽減しています。しかし、PCMagの記事などが指摘するように、ここに一つの逆説的な課題が浮上しています。「AIはコードを書くのを手伝ってくれるが、そのスキルを習得する役には立たないのではないか」という懸念です。
プログラミングスキルの習熟には、エラーに直面し、ドキュメントを読み込み、ロジックを再構築するという「苦闘」のプロセスが不可欠です。しかし、AIが提示した最適解をそのまま採用するだけの作業が増えれば、エンジニアは「なぜそのコードが動くのか」という背景や原理原則を深く理解する機会を失います。結果として、表面的な実装はできても、複雑なトラブルシューティングやアーキテクチャの設計ができない「AI依存型」のエンジニアが増加するリスクがあります。
OJTと若手育成へのインパクト
この問題は、OJT(On-the-Job Training)を主体としてきた日本企業のエンジニア育成に深刻な影響を与える可能性があります。従来、若手エンジニアは簡単なバグ修正や小規模な機能追加といったタスクを通じて、システム全体の構造やコーディング規約を学んできました。
しかし、これらの入門的なタスクこそ、AIが最も得意とする領域です。若手が担うべき「学習のための下積み」をAIが瞬時に処理してしまうと、経験の浅いエンジニアがスキルセットを積み上げる階段が失われてしまいます。これは将来的に、シニアエンジニア層の空洞化や、技術的負債の増大を招く恐れがあります。特に、受託開発(SIer)構造が根強い日本では、成果物の納品スピードが重視されるあまり、育成のプロセスがおざなりになるリスクも考慮しなければなりません。
コードの品質とメンテナンス性の課題
また、AIが生成したコードの品質保証も大きな課題です。AIは確率的に「もっともらしい」コードを出力しますが、それは必ずしもセキュリティやパフォーマンス、保守性の観点で最適であるとは限りません。
エンジニア自身が詳細を理解していないブラックボックス化したコードがプロダクトに組み込まれると、将来的な改修やバグ対応の際に莫大なコストがかかります。いわゆる「技術的負債」です。AIを活用する場合こそ、人間によるコードレビューの質を以前よりも高め、なぜその実装を選択したのかという意図を明確にするドキュメント文化が必要不可欠となります。
日本企業のAI活用への示唆
以上の背景を踏まえ、日本企業の意思決定者やエンジニアリングマネージャーは、以下の点に留意してAI活用を進める必要があります。
1. 「書く力」から「読む力・設計する力」への評価シフト
AI時代において、単に構文(シンタックス)を暗記していることの価値は低下します。今後は、AIが出力したコードの妥当性を検証する「レビュー能力」や、システム全体を見通す「設計能力」を評価軸の中心に据える必要があります。採用や人事評価においても、コーディング速度だけでなく、問題解決のアプローチやアーキテクチャ選定の根拠を問う方向へシフトすべきです。
2. 教育プロセスへの意図的な介入
若手エンジニアに対しては、業務効率化のためにAI利用を推奨しつつも、学習フェーズではあえて「AIを使わずに実装する」時間を設けたり、AIが生成したコードに対して「なぜこれが正解なのか」を説明させたりする教育的介入が必要です。メンターは、コードの完成度だけでなく、そこに至る思考プロセスを重視した指導を行うことが求められます。
3. ガバナンスと責任の所在の明確化
組織として、AIコーディングツールの利用ガイドラインを策定することは必須です。しかし、禁止事項を並べるだけではなく、「AIが生成したコードの最終責任は人間(エンジニア)にある」という原則を文化として定着させることが重要です。セキュリティ脆弱性やライセンス侵害のリスクを理解した上で、あくまで「副操縦士(Copilot)」として使いこなすリテラシー教育が、ツールの導入以上に重要となります。
