生成AIや大規模言語モデル(LLM)の進化により、検索エンジン上で回答が完結する「ゼロクリック・サーチ」が急増しています。米IAB Tech Labが指摘するデジタル成長モデルへのリスクは、ウェブメディアだけでなく、ポッドキャストや動画などあらゆるコンテンツ形式に波及し始めています。検索流入に依存してきた日本企業のマーケティングや情報発信は、今どのような転換を迫られているのでしょうか。
「検索してサイトを訪問する」時代の終わり
これまで、私たちが情報を探す際の行動様式はシンプルでした。検索エンジンにキーワードを入力し、表示されたリンクをクリックして企業のWebサイトやメディア記事を閲覧する。この一連のプロセスが、企業のWebマーケティングや広告収益の基盤となっていました。
しかし、ChatGPTやPerplexity、そしてGoogleの「AIによる概要(AI Overviews)」の登場により、この前提が崩れつつあります。ユーザーの質問に対してAIが即座に要約された回答を提示することで、ユーザーはリンクをクリックする必要がなくなります。これが「ゼロクリック・サーチ」と呼ばれる現象です。
IAB Tech Lab(インタラクティブ広告局・技術ラボ)の指摘によれば、この傾向はテキストコンテンツにとどまらず、2026年にはポッドキャストやデジタルオーディオの経済圏にも深刻な影響を与えると予測されています。音声コンテンツの内容さえもAIがテキスト化・要約し、ユーザーに提示してしまうため、元の音声ファイルが再生されなくなるリスクがあるのです。
メディアと企業の「デジタル成長モデル」への脅威
この変化は、日本企業にとっても対岸の火事ではありません。多くの日本企業は、オウンドメディアや製品ページへの自然検索流入(SEO)をKPI(重要業績評価指標)の主軸に置いています。しかし、ゼロクリック・サーチが一般化すれば、以下のようなリスクが顕在化します。
- トラフィックの激減:単純なQ&Aや用語解説などの「答え」を求める検索はAI上で完結し、サイトへの流入が大幅に減少します。
- リード獲得機会の喪失:サイト訪問を前提としたホワイトペーパーのダウンロードや問い合わせフォームへの誘導が機能しづらくなります。
- ブランド接点の希薄化:ユーザーはAIが提供する「情報」には触れますが、その情報の出所である「企業ブランド」を意識する機会が減ります。
特に、広告収益に依存するメディア事業や、コンテンツマーケティングに注力してきたB2B企業にとっては、従来の成長モデルが通用しなくなる転換点と言えるでしょう。
「AIに選ばれる」ための新たな競争と日本の課題
日本国内では、依然として旧来のSEO対策が重視されていますが、今後は「GEO(Generative Engine Optimization:生成AIエンジン最適化)」という概念も視野に入れる必要があります。これは、AIが回答を生成する際の「引用元」として自社の情報を採用させるための技術です。
しかし、技術的な対策以上に重要なのは、「AIが模倣・要約できない一次情報の価値」です。インターネット上の情報を再編集しただけの「こたつ記事」のようなコンテンツは、LLMによって最も容易に代替されます。一方で、独自の調査データ、専門家の深い洞察、組織固有のナレッジなど、AIの学習データに含まれていない、あるいはAIが容易に推論できない情報の価値は相対的に高まります。
日本の商習慣において、企業は情報をクローズドに管理する傾向がありますが、これからは「信頼できる情報源」としてAIに認識させるために、質の高い情報を戦略的に公開していくか、あるいは逆に会員限定のクローズドなコミュニティでエンゲージメントを高めるか、二極化の判断が求められます。
日本企業のAI活用への示唆
ゼロクリック・サーチ時代において、日本企業の意思決定者やマーケティング責任者は以下の点に留意して戦略を再構築すべきです。
- 「流入数」から「エンゲージメント」への指標転換:
検索流入の絶対数が減少することを前提とし、訪問してくれたユーザーの滞在時間やコンバージョン率、LTV(顧客生涯価値)を重視する方向へKPIをシフトする必要があります。 - ファーストパーティデータの強化と直接的な顧客接点:
プラットフォーム(検索エンジンやAI)に依存しない顧客リスト(メールアドレスやLINE IDなど)の重要性が増します。外部のアルゴリズム変更に左右されない、直接的なコミュニケーションチャネルを確立することが急務です。 - 「指名検索」されるブランド作り:
「〇〇について知りたい」ではなく「(自社名)の意見が知りたい」と思われるようなブランド権威性を築くことが、AIによる要約を防ぐ(あるいはAIに優先的に引用させる)最強の防御策となります。 - 音声・動画コンテンツのマルチモーダル対応:
元記事で指摘されたように、音声や動画もAIの解析対象です。これらを「要約される対象」として放置するのではなく、AIが読み取りやすいメタデータを付与しつつ、本編を見なければ得られない体験(文脈、ニュアンス、コミュニティ感)を設計する必要があります。
AIの進化は「検索」という行為を「対話」へと変えています。日本企業も、単に検索順位を競う段階から、AIという新たな媒介者を通じて、いかにユーザーに信頼される情報を届けるかという質的な競争へ移行する時期に来ています。
