30 1月 2026, 金

AIエージェントの「本人確認」と「信用」をどう担保するか―イーサリアム新規格ERC-8004が示唆する未来のAIガバナンス

生成AIの進化に伴い、自律的にタスクをこなす「AIエージェント」が注目を集めていますが、その信頼性をどう評価するかという課題が浮上しています。イーサリアムが新たに導入したERC-8004規格は、AIエージェントのアイデンティティ(身元)とレピュテーション(評判)をブロックチェーン上で管理する試みです。本稿では、この技術的アプローチが将来の企業間取引やAIガバナンスにどのような影響を与えるか、日本企業の視点から解説します。

自律型AIエージェント時代における「信用の不在」という課題

現在、AI活用は「人間がチャットボットに質問する」段階から、AIが自律的に計画を立て、外部ツールを操作してタスクを完遂する「AIエージェント」の段階へと移行しつつあります。しかし、企業実務でAIエージェントを活用する際、大きな障壁となるのが「そのAIを信頼できるか」という問題です。

例えば、他社のAIエージェントと自動で商談やデータ交換を行う未来を想像してください。相手のAIが本当にその企業に所属しているのか、過去に不正な動作をしていないか、約束通り対価を支払う能力があるか、といった「信用(トラスト)」の担保がなければ、ビジネスは成立しません。従来、これは人間同士の契約や法的な本人確認(KYC)で解決してきましたが、AI同士の高速な取引においては、よりシステム的な解決策が求められます。

ERC-8004が目指す「AIのための身分証明書」

こうした課題に対し、イーサリアム・コミュニティが提案したのが「ERC-8004」という規格です。これは、AIエージェントに対して一意のアイデンティティ(ID)を与え、その活動履歴や評価(レピュテーション)をブロックチェーン上に記録するための標準仕様です。

具体的には、AIエージェントにウォレットアドレスのような識別子を持たせ、そこに「どのようなタスクを完了したか」「取引相手からどのような評価を受けたか」という情報を紐づけます。ブロックチェーンの特性上、これらのデータは改ざんが困難であり、中立的な「信用の記録」として機能します。これにより、特定のプラットフォームに依存せず、異なるサービス間でも「このAIエージェントは過去の実績から見て信頼できる」と判断することが可能になります。

日本企業におけるAI活用のリスクと可能性

日本の商習慣において、取引先の信用調査やコンプライアンスチェックは非常に重要視されます。ERC-8004のような仕組みは、Web3や暗号資産の文脈だけでなく、将来的な「AIガバナンス」の技術的基盤として注目すべきです。

一方で、実務への適用には課題も残ります。日本の法律では、AIは権利義務の主体(法人や自然人)とは認められていません。したがって、「AIの評判」が確立されたとしても、最終的な法的責任はそれを運用する企業や個人に帰属します。ブロックチェーン上のIDと、現実世界の法的実体(企業登記など)をどう紐づけるかという「法と技術の接合点」が、日本での普及における最大の論点となるでしょう。

また、すべての行動履歴がオンチェーン(ブロックチェーン上)に公開されることは、透明性の観点ではメリットですが、企業のプライバシーや競争優位性の観点からはリスクにもなり得ます。どの情報を公開し、どの情報を秘匿するかという設計が重要になります。

日本企業のAI活用への示唆

ERC-8004の登場は、AI活用の焦点が「性能向上」から「社会的な信頼構築」へとシフトし始めていることを示しています。日本のビジネスリーダーや実務担当者は、以下の点を意識しておくべきでしょう。

1. AIの「身元確認」技術への注視
ブロックチェーンを使うか否かに関わらず、今後は「社外のAI」と接続する機会が増えます。その際、相手が正規のAIであることを認証する技術(PKIや分散型IDなど)の重要性が高まります。セキュリティチームと連携し、AI間通信の認証基盤について検討を始める時期に来ています。

2. 「AIの説明責任」のデジタル化
現在、AIガバナンスは社内規定(ドキュメント)で管理されることが多いですが、将来的にはシステム的にログを監査可能な状態で残すことが求められます。改ざん不可能なログ管理という観点で、ブロックチェーン技術がバックエンドで活用される可能性があります。

3. 小規模な実証実験(PoC)での検証
サプライチェーン管理や自動発注システムなど、信頼できるパートナー企業間でのクローズドなネットワークにおいて、AIエージェントによる自律取引の実験を行う価値はあります。その際、ERC-8004のような標準規格の思想を取り入れ、相互運用性を意識した設計を行うことが、将来の拡張性につながります。

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