30 1月 2026, 金

AIへの「丁寧語」は本当に無駄なのか?——トークンコストと環境負荷、そして日本企業のプロンプト戦略

生成AIの利用拡大に伴い、「AIに『お願いします』や『ありがとう』と入力するのはエネルギーの無駄ではないか」という議論が一部で話題になっています。本稿では、この問いを技術的・実務的な観点から検証し、日本企業が意識すべき「コスト対効果」と「プロンプト文化」について解説します。

「礼儀正しさ」の環境コストをどう捉えるか

生成AI、特に大規模言語モデル(LLM)の運用には膨大な計算資源と電力が必要です。そうした背景から、「プロンプト(指示文)に『Please(お願いします)』や『Thank you(ありがとう)』といった本質的な命令とは無関係な単語を含めることは、計算資源の浪費であり、環境負荷を高めるのではないか」という議論が存在します。元記事ではこの点について触れていますが、結論から言えば、個々のユーザーが入力する数語の挨拶が及ぼす環境負荷は、モデルのトレーニングや推論全体のエネルギー消費に比べれば誤差の範囲に過ぎません。

しかし、この議論は企業がAIを利用する際の「コスト意識」と「ガバナンス」を考える上で、非常に示唆に富んでいます。LLMは入力されたテキストを「トークン(意味を持つ最小単位)」に分解して処理し、トークン量に応じた従量課金や計算コストが発生します。理論上、不要なトークンを削ぎ落とせばコストは下がりますが、実務においては「丁寧な言葉遣い」が必ずしも「無駄」とは言い切れない側面があります。

プロンプトエンジニアリングと日本語の特異性

日本企業がこの問題を考える際、日本語という言語の特性を無視できません。日本語は英語に比べてトークン化の効率が悪い(同じ意味を伝えるのにより多くのトークンを消費する傾向がある)ケースが多く、またビジネス文章においては「敬語」や「クッション言葉」が多用されます。

「これやって」と「恐れ入りますが、こちらのご対応をお願いできますでしょうか」では、後者の方が明らかにトークン数を消費します。しかし、LLMの挙動に関する研究や実務者の経験則では、AIに対して丁寧な役割(ペルソナ)を与えたり、人間と同様に礼儀正しく接したりすることで、回答の精度や質が向上するケースが報告されています。これは、学習データに含まれる高品質なテキスト(ビジネス文書や学術書など)が丁寧な文体で書かれていることが多いため、丁寧なプロンプトがより「賢い」文脈を引き出しやすいためだと推測されています。

つまり、わずかなトークンコストを削減するために極端に無機質な命令を行うことは、かえって回答精度を下げ、再生成(リトライ)の手間を招くリスクがあります。結果として、再生成によるエネルギー消費とタイムロスのほうが、挨拶を省略する節約分よりも大きくなる可能性があるのです。

真の「無駄」はどこにあるか:RAGとシステムプロンプト

企業がAIのコストや環境負荷を真剣に管理するのであれば、ユーザーの「ありがとう」を禁止するよりも、システム設計レベルでの最適化に目を向けるべきです。特に、社内文書を検索して回答を生成するRAG(検索拡張生成)システムにおいては、検索結果としてプロンプトに挿入される「コンテキスト(文脈情報)」が数千〜数万トークンに及ぶことが一般的です。

ここに含まれる「関連性の低い情報」や「重複したデータ」を精査せずにLLMに投げ続けることこそが、計算資源の最大の浪費です。また、過剰に複雑なシステムプロンプト(AIへの事前指示)もコスト増の要因となります。環境負荷やコスト削減を追求する場合、従業員の言葉遣いを矯正するよりも、エンジニアリングによる検索精度の向上や、タスクの難易度に応じた適切なモデルサイズ(軽量モデルの活用など)の選定を行うほうが、圧倒的に効果的です。

日本企業のAI活用への示唆

以上の議論を踏まえ、日本企業の意思決定者や実務担当者は以下のポイントを意識してAI活用を進めるべきです。

1. 「丁寧さ」を禁止する必要はない
従業員に対して「AIに挨拶をするな」と強制するのは、組織文化や従業員の心理的安全性、そしてAIとの協働体験を損なう可能性があります。また、丁寧な指示が良い結果を生む可能性も考慮し、自然な対話を推奨するスタンスで問題ありません。

2. コスト管理の主戦場は「アーキテクチャ」
トークン課金や環境負荷を懸念する場合、着目すべきはユーザーの入力文字数ではなく、バックエンドの仕組みです。RAGにおける参照データの最適化、プロンプトキャッシュ技術の活用、あるいはGPT-4のような高負荷モデルとGPT-4o miniのような軽量モデルの使い分けなど、技術的なアプローチで最適化を図ってください。

3. 再生成(リトライ)の最小化を目指す
最もエネルギーとコストを浪費するのは「意図しない回答が返ってきて、何度もやり直すこと」です。一発で適切な回答を得るためのプロンプトエンジニアリング教育や、テンプレートの整備に投資することが、結果として最もエコで経済的なAI活用につながります。

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