企業内での生成AI活用において、RAG(検索拡張生成)は標準的なアーキテクチャとなりつつあります。しかし、検索結果に含まれる情報の「意味的な重複」が、回答精度の低下やコスト増大を招いていることはあまり知られていません。本記事では、検索結果の冗長性を分析・排除する技術的アプローチと、日本企業が直面するデータ環境における実務的な対策について解説します。
RAGにおける「検索の質」という課題
現在、多くの日本企業が社内ナレッジ活用のためにRAG(Retrieval-Augmented Generation)システムの構築を進めています。RAGは、ユーザーの質問に関連する社内ドキュメントを検索し、それをLLM(大規模言語モデル)に提示することで回答を生成させる仕組みですが、多くの現場で「関連ドキュメントを渡しているはずなのに、回答が冗長だったり、的確でなかったりする」という課題に直面しています。
この原因の一つとして注目されているのが、検索結果における「意味的重複(Semantic Redundancy)」の問題です。これは、検索システムが「上位10件」として取得したドキュメントの中に、表現は異なっていても内容がほぼ同じ情報が大量に含まれてしまう現象を指します。
意味的重複が引き起こす3つのリスク
LLMに渡すコンテキスト(情報)の中に、同じような内容の文書がいくつも含まれていると、以下のような実務上のデメリットが発生します。
第一に「コンテキストウィンドウの無駄遣い」です。LLMが一度に処理できる情報量には限りがあります。同じ内容の重複データで枠を埋めてしまうと、本来参照すべき多角的な情報や、補足的な詳細情報が締め出されてしまいます。
第二に「回答精度の低下」です。重複した情報は、LLMにとってノイズとなり得ます。特に、古いマニュアルと新しいマニュアルのように、内容は似ているが一部だけ異なる情報が混在した場合、LLMがどの情報を優先すべきか判断できず、幻覚(ハルシネーション)を引き起こすリスクが高まります。
第三に「コストとレイテンシ(遅延)の増大」です。不要な重複情報を処理させることは、トークン課金制のAPIを利用している場合、直接的なコスト増につながります。また、処理量が増えることで回答生成までの待ち時間が長くなり、ユーザー体験を損ないます。
ベクトル分析による冗長性の検知と排除
こうした課題に対し、エンジニアリングの現場では、検索されたURLやドキュメントの「意味的な距離」を測定するアプローチが有効です。具体的には、検索上位のコンテンツをベクトル化(Embedding)し、それぞれのドキュメント間の類似度(コサイン類似度など)を計算します。
例えば、あるドキュメントAとドキュメントBの意味的類似度が極めて高い場合、これらは「情報の重複」とみなせます。この場合、LLMには両方を渡すのではなく、より信頼性の高い方、あるいは最新の方だけを渡すといったフィルタリング処理を行うことで、入力情報を「筋肉質」に保つことができます。
これは単なるキーワードの一致度を見るのではなく、文章の意味そのものを数値化して比較するため、表記揺れがあっても重複を検知できる点が強みです。
日本企業のデータ環境特有の難しさ
この「意味的重複」の問題は、日本企業の組織文化において特に顕著に現れる可能性があります。
日本の組織では、「稟議書の下書き」「修正版」「最終版」「決裁済み」といった、内容が酷似したバージョン違いのファイルがサーバー上に大量に保存されているケースが珍しくありません。また、同じ業務手順について、各部署が独自に作成した「ローカルルール版マニュアル」が散在していることもあります。
これらを整理せずにRAGの検索対象に含めてしまうと、検索結果は「ほぼ同じだが微妙に違う文書」で埋め尽くされます。LLMは「建前(公式ルール)」と「本音(現場の運用)」の区別がつかず、混乱した回答を出力することになります。
日本企業のAI活用への示唆
以上の背景を踏まえ、RAGシステムを導入・運用する企業の担当者は、以下の点に留意すべきです。
1. 「ゴミ捨て」こそが最大の精度向上施策
AIモデルの性能向上に投資する前に、検索対象となるデータのクレンジング(重複排除・バージョン管理)を徹底してください。似たような文書をAI側でフィルタリングする技術はありますが、元データが整理されているに越したことはありません。
2. 多様性を確保するリランキングの実装
開発チームに対して、検索システムに「MMR(Maximum Marginal Relevance)」のような、情報の多様性を確保するリランキング(順位付け替え)ロジックが組み込まれているか確認してください。似た文書ばかりを上位に出すのではなく、異なる視点の文書をバランスよく拾う設計が重要です。
3. ガバナンスとしての「正」の情報の定義
どの文書が「最新かつ正」であるかをメタデータ(ファイル属性)として付与する運用ルールを定めてください。AIが重複を検知した際、どちらを正として採用すべきかの判断基準をシステムに与えるのは、人間によるガバナンスの役割です。
