豪州発のリーガルテック企業「Checkbox」が3,300万ドルのシリーズA資金調達を実施しました。このニュースは単なる一企業の成功にとどまらず、生成AIのトレンドが「対話型」から、複雑なタスクを遂行する「エージェント型」へとシフトしていることを示唆しています。本稿では、法務領域におけるAIエージェントの可能性と、日本企業が導入を検討する際に留意すべき実務的なポイントを解説します。
「対話」から「行動」へ:法務AIの新たなフェーズ
2016年に創業されたCheckboxは、これまでノーコードによる業務フロー自動化プラットフォームとして知られてきましたが、今回の資金調達は「AIエージェント」としての機能を強化する方向性を明確に示しています。これは、昨今の生成AI(GenAI)業界全体の潮流とも合致します。
これまでの法務AIツールの多くは、契約書のレビュー支援や条項の検索といった「局所的なタスク」の効率化に主眼を置いていました。しかし、AIエージェントは一歩進んで、ユーザーからの依頼(インテイク)、事実確認、ドラフト作成、そして承認プロセスの回付といった「一連のワークフロー」を自律的、あるいは半自律的に遂行することを目指しています。
例えば、事業部から「NDA(秘密保持契約書)を結びたい」という依頼があった際、AIエージェントが相手企業の情報を収集し、社内ポリシーに照らして適切なテンプレートを選択、ドラフトを作成した上で、法務担当者に確認を求めるといった動きが可能になります。これは単なる文書生成ではなく、業務プロセスそのものの代行です。
日本企業における「法務のボトルネック」とAIの役割
日本の企業組織、特に大企業においては、法務部門が慢性的なリソース不足に陥っているケースが少なくありません。事業スピードを上げたい現場と、コンプライアンスを遵守しなければならない法務との間で摩擦が生じることもあります。
ここにAIエージェントを導入する最大のメリットは、定型的な法務相談や契約プロセスの「一次対応」を自動化できる点にあります。日本の商習慣では、稟議(りんぎ)や根回しといったプロセスが重要視されますが、AIが形式的なチェックや社内規程との整合性確認を事前に行うことで、法務担当者は「高度な判断が必要な案件」や「戦略的な法務業務」に集中できるようになります。
また、Checkboxのようなプラットフォームが「ノーコード」であることを重視している点も重要です。エンジニアではない法務担当者自身が、自社の業務フローに合わせてAIの挙動を調整できることは、内製化が進みにくい日本の管理部門において大きな強みとなります。
導入におけるリスクと「Human-in-the-Loop」の重要性
一方で、法務領域でのAI活用には慎重な姿勢も求められます。最大のリスクは、AIがもっともらしい嘘をつく「ハルシネーション(幻覚)」です。契約書における一語の違いが数億円の損失につながる可能性があるため、AIのアウトプットをそのまま最終成果物とすることは危険です。
特に日本の法規制や商習慣は独特の文脈(ハイコンテクスト)を含むことが多く、グローバルで開発されたモデルがそのまま適用できないケースも散見されます。弁護士法72条(非弁行為の禁止)との兼ね合いもあり、AIはあくまで「支援ツール」であり、最終的な判断と責任は人間が負うという「Human-in-the-Loop(人間がループに入る)」の体制構築が不可欠です。
また、機密情報の取り扱い(データガバナンス)も課題です。社内の契約データやナレッジをAIに学習・参照させる場合、情報漏洩リスクや権限管理(誰がどの情報にアクセスできるか)を厳密に設計する必要があります。
日本企業のAI活用への示唆
Checkboxの事例は、AIが「チャットボット」から「仕事をする同僚(エージェント)」へと進化していることを示しています。日本企業がこの波に乗り、実務に取り入れるための要点は以下の通りです。
- 業務プロセスの棚卸しと標準化:
AIエージェントが機能するためには、業務フローがある程度標準化されている必要があります。「阿吽の呼吸」で進めていた業務を明文化し、AIが処理可能なロジックに落とし込む準備から始めるべきです。 - 「判断」と「作業」の分離:
AIに任せるべきは「情報の収集・整理・下書き」といった作業部分であり、「法的判断・承認」は人間が行うという役割分担を明確にしてください。これにより、心理的な導入ハードルも下がります。 - サンドボックス的な検証環境の確保:
いきなり全社導入するのではなく、特定の契約類型(例:NDAや業務委託契約)に絞ってパイロット運用を行い、日本独自の法務リスクや精度の課題を洗い出すアプローチが推奨されます。
