Googleの「Gemini 3 Flash」における、コード実行を用いた画像分析機能(Agentic Vision)の導入は、AIによる視覚処理の在り方を大きく変えようとしています。従来の「見る」AIから、プログラムを介して「計測・分析する」AIへの進化は、日本企業の現場課題にどう応えるのか、その可能性とリスクを解説します。
「直感」から「論理」へ:画像認識のアプローチ転換
GoogleがGemini 3 Flashにおいて、コードベースの画像分析機能を強化し、視覚ベンチマークで5〜10%の品質向上を実現したというニュースは、単なるスペックアップ以上の意味を持っています。これは「Agentic Vision(エージェント的視覚)」と呼ばれる潮流を象徴する動きです。
従来の大規模マルチモーダルモデル(LMM)は、画像を人間のように「なんとなく全体像として」捉え、確率的に内容を予測していました。しかし、この方法では「画像内のリンゴの数を数える」「図面の寸法を読み取る」といった、厳密さが求められるタスクにおいて、数え間違いや幻覚(ハルシネーション)が起きやすいという課題がありました。
今回の「コードベースの画像分析」は、モデルがPython等のコードを生成・実行し、そのコードを使って画像をピクセル単位で分析したり、オブジェクトを検出・計数したりします。つまり、AIが「直感」に頼るのではなく、ツール(プログラム)を使って「論理的」に画像を処理するようになるのです。
日本企業の現場における活用シナリオ
この技術的進歩は、品質や正確性を重んじる日本の産業界において、特に親和性が高いと考えられます。
例えば、製造業や建設業の現場です。配管計装図(P&ID)や複雑な設計図面から特定の部品数をカウントしたり、寸法を抽出したりする業務は、従来の画像認識AIでは精度に限界がありました。しかし、コード実行を伴うAgentic Visionであれば、ルールに基づいた正確な抽出が可能になり、検品業務や積算業務の自動化レベルを一段階引き上げる可能性があります。
また、帳票処理の高度化も期待されます。日本特有の非定型な手書き帳票や、複雑なレイアウトの請求書において、単なるOCR(文字認識)とLLMの推論を組み合わせるだけでなく、「座標計算」などのロジックをコードで補完することで、読み取りミスを大幅に削減できるでしょう。
導入におけるリスクとガバナンス上の課題
一方で、実務への適用には慎重な検討も必要です。最大のリスクは「セキュリティ」と「レイテンシ(応答遅延)」です。
モデルが自律的にコードを生成・実行するということは、サンドボックス(隔離された環境)内とはいえ、任意のプログラムが動くことを意味します。企業システムに組み込む場合、意図しないコード実行によるリソースの枯渇や、データ漏洩のリスクを完全に排除するための強固なガードレール(安全策)が必要です。情報システム部門やセキュリティ担当者は、従来のSaaS利用時とは異なるレベルのガバナンスを設計する必要があります。
また、コードを生成し、実行し、その結果を受け取るというプロセスは、単なる推論よりも時間を要します。工場のライン制御のようなミリ秒単位のリアルタイム性が求められる用途には、現時点では不向きである可能性が高いでしょう。
日本企業のAI活用への示唆
Gemini 3 Flashの進化から、日本のビジネスリーダーやエンジニアが得るべき示唆は以下の通りです。
1. 「確率」と「論理」の使い分け
生成AIは「嘘をつく(不正確である)」という前提に対し、コード実行という「論理」を組み合わせることで信頼性を高めるアプローチが主流になりつつあります。自社のタスクが「創造性」を求めるものか、「正確性」を求めるものかを見極め、後者であればAgenticな機能を持つモデルの採用を検討すべきです。
2. 業務プロセスの再設計
単に人間が行っていた目視確認をAIに置き換えるだけでなく、「AIがコードを書いて分析しやすいデータ形式や撮影環境」を整備することも重要です。AIを「部下」として扱うならば、彼らが能力を発揮しやすい環境(標準化された入力データなど)を整える運用設計が、日本企業の強みである「現場力」をAI時代に活かす鍵となります。
3. ガバナンスの高度化
「AIがコードを実行する」時代において、シャドーITならぬ「シャドーAIエージェント」が社内で野放しにならないよう、安全な実行環境を提供するMLOps基盤の整備が急務です。これはエンジニアだけでなく、経営層が投資判断すべきインフラ領域と言えます。
