欧州連合(EU)はGoogleに対し、Android OSにおけるサードパーティ製AIアシスタントへのアクセス権限を、自社の「Gemini」と同等レベルまで引き上げるよう要請しました。この動きは、プラットフォーマーによる「自社サービス優遇」の禁止を意味するだけでなく、スマートフォン上でのAI活用の在り方を根本から変える可能性があります。日本の「スマホソフトウェア競争促進法」の動向とも連動するこのニュースを基に、日本企業が備えるべき戦略とセキュリティ課題について解説します。
プラットフォーム規制が切り開く「AIの選択」
EUの執行機関である欧州委員会は、デジタル市場法(DMA)に基づき、Googleに対して重要な是正を求めました。それは、Android OS上において、外部のAIサービス(ChatGPTやClaudeなど)に対し、Google自社のAI「Gemini」が享受しているのと同等のシステムアクセス権限を与えるべきだというものです。
これまで、OSと密結合したAI(SiriやGeminiなど)は、他のアプリの上にオーバーレイ表示したり、画面上の情報を読み取ってコンテキストを理解したりするなど、特権的な動作が可能でした。しかし、サードパーティ製アプリにはセキュリティやプライバシーを理由にこれらのアクセスが制限されてきました。今回のEUの動きは、この「OS特権」を開放し、ユーザーが自由にAIアシスタントを選択できる環境を強制するものです。
日本市場への波及と「スマホソフトウェア競争促進法」
「これは対岸の火事ではないか」と考えるのは早計です。日本でも2024年に成立した「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律(スマホソフトウェア競争促進法)」により、モバイルOSを提供する巨大IT企業(ゲートキーパー)に対する規制が強化されています。
日本の公正取引委員会も、OS提供者による自社サービスの不当な優先的取り扱いを問題視しており、EUでの前例はそのまま日本の規制運用や、プラットフォーマーの自主的な仕様変更に影響を与える可能性が高いと言えます。つまり、近い将来、日本のAndroidユーザーも「電源ボタンの長押しで起動するAI」を、Google製以外の国産AIや、企業の社内用AIエージェントに設定できるようになる未来が予測されます。
企業にとってのメリット:独自AIサービスのUX向上
この変化は、独自のAIサービスを開発・提供したい日本企業にとって大きなチャンスです。これまで、自社アプリ内で完結していたAI機能が、OSレベルで統合される道が開けるからです。
例えば、国内のメッセージングアプリやEコマースアプリが提供するAIアシスタントが、他のアプリを開いている最中でもオーバーレイで起動し、「今見ている商品の価格比較」や「スケジュールの自動調整」を行えるようになれば、ユーザー体験(UX)は劇的に向上します。特定の業界(医療、建設、金融など)に特化したバーティカルSaaS企業にとっても、現場のスマートフォン上で「常に呼び出せる専門家AI」を提供できることは、強力な差別化要因となります。
実務上の課題:セキュリティとガバナンスのジレンマ
一方で、OSの深部へのアクセス権限(アクセシビリティ権限や画面情報の取得権限など)がサードパーティに開放されることは、重大なセキュリティリスクも孕んでいます。
もし、悪意のある開発者が「便利なAIアシスタント」を装ってアプリを配布し、ユーザーがそれをデフォルトのAIとして設定してしまった場合、画面に表示される機密情報、決済情報、社内チャットの内容などが筒抜けになる恐れがあります。Googleなどのプラットフォーマーがこれまでアクセスを制限してきた背景には、自社優遇だけでなく、こうしたマルウェア対策の側面もあったことは否定できません。
企業の情報システム部門やセキュリティ担当者は、従業員の私用端末(BYOD)や社用端末において、「どのAIアシスタントの利用を許可するか」というMDM(モバイルデバイス管理)ポリシーの再設計を迫られることになるでしょう。
日本企業のAI活用への示唆
今回のEUの決定とそれに続くグローバルな流れを踏まえ、日本のビジネスリーダーやエンジニアは以下の点を意識する必要があります。
1. マルチAIアシスタント時代のサービス設計
ユーザーが「OS標準のAI」以外を選択する前提でプロダクトを設計する必要があります。自社のアプリやサービスが、Gemini以外のAIアシスタントから操作された場合にどう振る舞うか、あるいは自社で特化型のアシスタントを開発してプラットフォームに乗せるか、戦略的な検討が必要です。
2. セキュリティポリシーの厳格化と「AIのホワイトリスト化」
OSレベルで画面情報を読み取れるAIアプリが増加することを見越し、組織内で利用可能なAIアプリを厳格に管理する必要があります。「便利だから」という理由で従業員が未承認のAIアシスタントをOS統合した場合の情報漏洩リスクを評価し、ガイドラインを策定してください。
3. ローカルLLMやオンデバイスAIへの注目
OSへのアクセス権限が開放されれば、通信を介さずに端末内で処理が完結する「オンデバイスAI(エッジAI)」の実用性が高まります。プライバシー保護の観点から、日本企業が開発するセキュアなオンデバイスAIアシスタントには、BtoB、BtoC双方で新たな需要が生まれる可能性があります。
