オーストリアの画家エゴン・シーレの未発表作品かと思われた画像が、実はAI生成によるものであったというニュースがアート界に衝撃を与えています。この事例は、単なるアート界の出来事にとどまらず、マーケティングやクリエイティブ業務で生成AIを活用しようとする日本企業にとっても、著作権侵害やブランド毀損のリスクを示唆する重要な教訓を含んでいます。
「画風」の模倣はどこまで許されるのか
先日、エゴン・シーレの作風を精巧に模倣したAI生成画像がSNS上で拡散され、多くの鑑賞者が本物と誤認するという事態が発生しました。生成AI、特に画像生成モデル(MidjourneyやStable Diffusionなど)の進化により、特定の作家の筆致や色使い(スタイル)を「〇〇風」というプロンプト(指示文)一つで再現することが容易になっています。
ビジネスの現場においても、広告クリエイティブやウェブデザイン、プレゼンテーション資料の作成において、生成AIの活用が進んでいます。しかし、特定の有名クリエイターや競合他社のデザインテイストを安易に模倣することは、法的なリスクだけでなく、倫理的な批判を招く可能性があります。
日本の著作権法における「類似性」と「依拠性」
日本企業がこの問題を考える際、日本の著作権法の解釈を正しく理解しておく必要があります。日本の現行法(著作権法第30条の4など)では、AIの学習段階(開発)における著作物の利用は比較的柔軟に認められていますが、生成・利用段階(出力)においては、通常の著作権侵害と同様の判断基準が適用されます。
著作権侵害が成立するためには、主に「類似性(似ていること)」と「依拠性(既存の著作物に基づいていること)」の2点が要件となります。「画風」や「アイデア」そのものには著作権は及びませんが、特定の作品に酷似した画像を生成し、それを商業利用した場合、権利侵害を問われるリスクは排除できません。特に、特定の作家名を追加学習(Fine-tuning)させたり、プロンプトで作家名を指定して生成したりする行為は、「依拠性」が高いと判断される要因になり得ます。
コンプライアンスと「炎上」リスクの回避
法的なグレーゾーン以上に日本企業が警戒すべきなのは、レピュテーションリスク(評判リスク)です。日本市場は、企業のコンプライアンス姿勢や倫理観に対して厳しい目が向けられる傾向があります。
仮に法的に「画風の模倣は直ちに違法ではない」とされたとしても、「故人の作家への冒涜である」や「現役クリエイターの権利を軽視している」といった批判がSNS等で拡散(炎上)すれば、ブランドイメージは大きく損なわれます。特に、自社の商品パッケージや広告塔となるキャラクターに生成AIを使用する場合、その元データや生成プロセスがクリーンであることを説明できるかどうかが、ガバナンス上の重要な論点となります。
真正性の証明技術:C2PAとOriginator Profile
こうしたリスクへの技術的な対抗策として、コンテンツの真正性を証明する技術への注目が高まっています。国際的な標準化団体であるC2PA(Coalition for Content Provenance and Authenticity)や、日本国内で推進されているOP(Originator Profile)などの技術です。
これらは、デジタルコンテンツに「誰が、いつ、どのように作成したか」という来歴情報を改ざん困難な形で埋め込むものです。企業が公式に発信するコンテンツに対して、これらの技術を用いて「これは人間が描いたものである」あるいは「許諾を得たAIモデルで生成したものである」と明示することは、消費者の信頼を獲得するための新たなスタンダードになりつつあります。
日本企業のAI活用への示唆
今回のエゴン・シーレ風画像の事例を踏まえ、日本企業の意思決定者や実務担当者は以下の点に留意してAI活用を進めるべきです。
- プロンプトエンジニアリングのガイドライン策定: 社内での画像生成時に、特定の存命作家名や具体的な他社作品名をプロンプトに含めることを禁止する、あるいは慎重に扱うようルール化する。
- 生成物の類似性チェックプロセス: AIで生成したクリエイティブを公開する前に、既存の著名な作品やキャラクターと酷似していないか、人間による目視確認や類似画像検索ツールでのチェックをフローに組み込む。
- 透明性の確保とリスクヘッジ: 生成AIを使用したコンテンツである場合はその旨を表記する、あるいはC2PAなどの来歴証明技術の導入を検討し、消費者に対する透明性を担保する。
- 契約関係の見直し: 外部の制作会社にクリエイティブを発注する場合、納品物に生成AIが使用されているか、使用されている場合は権利関係がクリアになっているかを確認する条項を契約に盛り込む。
