25 1月 2026, 日

AIインフラと地政学リスク:UAE・G42の動向から読み解く、日本企業の「計算資源」確保戦略

ダボス会議におけるUAEのテクノロジー大手G42のCEO、Peng Xiao氏の発言は、AIが単なるソフトウェア開発競争から「インフラ確保と規制対応の総力戦」へと移行したことを強く示唆しています。本稿では、グローバルなAI半導体供給網の変化と各国の規制動向を整理し、日本の経営層や実務者が直面する「計算資源(コンピュート)」の確保とガバナンスへの示唆を解説します。

AI開発における「物理インフラ」の戦略的重要性

AI、特に大規模言語モデル(LLM)の議論では、モデルのパラメータ数や推論能力といったソフトウェア面に注目が集まりがちです。しかし、G42のCEOがダボス会議で強調したように、現在のAI開発のボトルネックは明らかに「物理インフラ」、すなわち高性能なGPUチップとそれを稼働させるデータセンターにあります。

G42が米国企業(Microsoft等)との提携を強化し、中国製ハードウェアからの脱却を図った背景には、最先端のチップへのアクセスを確保するという生存戦略があります。これは対岸の火事ではありません。日本企業にとっても、安定した計算資源の確保は事業継続性(BCP)の観点から極めて重要です。クラウド経由でAPIを利用するだけの「利用者」の立場に留まるのか、あるいは自社または国内パートナーと連携して一定の計算基盤を確保するのか。円安や地政学リスクにより海外クラウドコストが変動しやすい現在、インフラ戦略の再考が求められています。

規制の断片化と「ソブリンAI」の台頭

UAEが自国のAIエコシステム構築を急ぐ背景には、「ソブリンAI(Sovereign AI:主権AI)」という考え方があります。これは、他国のテクノロジーやプラットフォームに過度に依存せず、自国のデータとインフラでAIを管理・運用能力を持つべきだという国家戦略です。

日本においても、経済産業省主導で国内のAI開発力強化が進められていますが、企業レベルでも同様の視点が必要です。欧州の「AI法(EU AI Act)」、米国の行政命令、そして日本の「AI事業者ガイドライン」と、地域ごとに規制のアプローチは異なります。特に日本は、著作権法第30条の4により、AI学習のためのデータ利用に対して比較的寛容な「イノベーション重視」の法制度を持っています。この日本の利点を活かしつつ、グローバル展開する際には各国の厳しい規制(特にGDPRやAI規制)に適応するという、ダブルスタンダードを管理する高度なガバナンス能力が法務・コンプライアンス部門に求められます。

日本企業のAI活用への示唆

G42の事例やグローバルな動向を踏まえ、日本の組織が考慮すべきポイントを整理します。

1. 計算資源の「ポートフォリオ管理」

すべてを海外のメガクラウド(ハイパースケーラー)に依存することは、地政学的な供給リスクや為替リスクを抱え込むことになります。機密性の高いデータや、低遅延が求められる基幹業務においては、国内データセンターを持つベンダーや、オンプレミス(自社運用)回帰も含めた「ハイブリッドなインフラ構成」を検討すべき時期に来ています。

2. 日本独自の商習慣・言語文化への対応

グローバルモデルは汎用的に優れていますが、日本の商習慣、敬語の機微、あるいは日本独自の法規制に関する知識においては、国産LLMや日本語に特化したチューニング済みモデルの方が「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」のリスクを低減できる場合があります。特に金融・医療・行政などの分野では、海外製モデル一辺倒ではなく、適材適所でモデルを使い分けるアーキテクチャ設計が推奨されます。

3. 「守り」から「攻め」のガバナンスへ

AIのリスクを恐れて利用を禁止するだけでは、国際競争力を失います。日本の組織文化では、ボトムアップでの導入が進みにくい傾向がありますが、経営層が「リスクの許容範囲(リスクアペタイト)」を明確に示すことが重要です。例えば、「社内データのみを学習させた閉域網環境のLLM」を構築するなど、セキュリティを担保したサンドボックス環境を用意することで、現場のエンジニアや企画担当者が萎縮せずにイノベーションを起こせる土壌を作ることが、現時点での最適解と言えるでしょう。

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