生成AIの導入が「実験」から「実務」へと移行する中、すべてのタスクに巨大なモデルを使うことが必ずしも正解ではないという認識が広まっています。本記事では、LLM(大規模言語モデル)、SLM(小規模言語モデル)、FM(基盤モデル)の違いを整理し、日本のビジネス環境やガバナンス要件に適したモデル選定の視点を解説します。
「とりあえずGPT-4」の時代は終わりつつある
生成AIブームの初期、多くの企業はOpenAIのGPT-4のような最先端かつ最大規模のモデル(LLM)を利用することに注力していました。しかし、実証実験(PoC)を経て実運用フェーズに入ると、コスト、レイテンシ(応答速度)、そしてデータプライバシーの課題が浮き彫りになってきました。
IBMのMaster InventorであるMartin Keen氏が指摘するように、「AIモデルの選択はユースケース固有であるべき」です。これは、すべての業務に巨大な汎用モデルを使う必要はなく、タスクに応じて適切なサイズと特性を持つモデルを選ぶべきだという、エンタープライズAIにおける重要な転換点を示唆しています。
用語の整理:FM、LLM、そして台頭するSLM
議論を進める前に、混同されがちな用語を整理します。
- FM(Foundation Model/基盤モデル):膨大なデータでトレーニングされ、多様なタスクに適応可能なAIモデルの総称です。LLMもこれに含まれますが、画像や音声などを扱うマルチモーダルなモデルもFMの一種です。
- LLM(Large Language Model):数千億以上のパラメータ(計算要素)を持つ巨大な言語モデル。高度な推論や広範な一般知識を持ちますが、動かすには高価なGPUリソースが必要です。
- SLM(Small Language Model):数十億パラメータ程度の軽量なモデル(例:MicrosoftのPhiシリーズやGoogleのGemmaなど)。スマートフォンやノートPC、オンプレミスの限定的なサーバーでも動作可能です。
特に現在、グローバルおよび日本国内で注目されているのがSLMの活用です。
日本企業におけるSLM活用のメリットと必然性
なぜ今、あえて「小規模」なモデルが注目されているのでしょうか。日本の商習慣やインフラ事情を鑑みると、以下の理由が挙げられます。
1. コスト削減と円安対策
巨大なLLMをAPI経由で利用する場合、従量課金のコストは無視できません。特に円安基調が続く中で、ドル建てのAPIコストは経営上のリスクとなり得ます。特定のタスク(例:日報の要約、定型的な問い合わせ対応)であれば、安価なSLMや、自社サーバーで動かせるオープンソースのSLMで十分な精度が出せる場合が多く、大幅なコスト削減につながります。
2. 機密情報の保護とガバナンス
日本の企業、特に金融や製造業では、データを社外(特に海外のクラウド)に出すことに対する抵抗感が依然として強い傾向にあります。SLMであれば、インターネットに接続しないローカル環境や、自社のプライベートクラウド内で完結して稼働させることが現実的なハードウェア構成で可能です。これは、改正個人情報保護法や社内セキュリティ規定を遵守する上で大きなアドバンテージとなります。
3. 「現場」でのリアルタイム性
製造現場のタブレット端末や、営業担当者のモバイルPCなど、エッジデバイス(端末側)でAIを動かしたいニーズがあります。通信遅延を許容できない、あるいは通信環境が不安定な場所では、クラウド上の巨大LLMよりも、端末内でサクサク動くSLMが実務に適しています。
「適材適所」のリスクと限界
もちろん、SLMは万能ではありません。パラメータ数が少ない分、複雑な論理推論や、学習していない分野の知識を問うタスクでは、LLMに比べて「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」を起こすリスクが高まることがあります。
したがって、戦略としては「ハイブリッド」が推奨されます。高度な創造性や複雑な推論が必要な場合はクラウド上の巨大LLMを利用し、定型業務や機密データを扱う処理には自社専用にチューニングしたSLMを利用する。これらをオーケストレーション(振り分け)するアーキテクチャを組むことが、今後のシステム開発の主流になるでしょう。
日本企業のAI活用への示唆
グローバルのトレンドと国内事情を踏まえると、意思決定者は以下のポイントを意識すべきです。
- 「大は小を兼ねる」の誤解を捨てる:
無駄に巨大なモデルは、コストと電力の浪費です。タスクに必要な精度を満たす「最小のモデル」を選ぶことが、サステナビリティとROI(投資対効果)の観点で重要です。 - 日本語特化型SLMの活用:
最近では、日本のベンダーや研究機関が開発した、日本語能力に優れた中・小規模モデルも多数公開されています。海外製の巨大モデルよりも、国内業務においてはこれらの方が「肌感覚」に合うアウトプットを出す可能性があります。 - 自社データの価値再認識:
SLMは、特定のドメイン(業界・社内用語)に特化させる「ファインチューニング」が比較的容易かつ低コストです。汎用的な賢さよりも、自社のマニュアルや過去のトラブル事例を学習させた「自社専用SLM」を育てることが、競争力の源泉となります。
