ペンシルベニア州のジョシュ・シャピロ知事が、名門ロースクールの2026年卒業式でスピーカーを務めることが発表されました。行政での生成AI導入を牽引する同氏の動向を起点に、目前に迫るAI規制の波と、日本企業が備えるべきAIガバナンス・法務のあり方について解説します。
行政におけるAI活用を牽引するリーダーシップ
米国ペンシルベニア大学キャリー・ロースクールは、2026年の卒業式スピーカーとして同州のジョシュ・シャピロ知事を迎えることを発表しました。一見するとAIとは無関係なニュースに見えますが、AIの実務やガバナンスに関わる層にとって、シャピロ知事は注目すべき人物の一人です。同知事は2023年、米国の州政府としていち早く生成AI(大規模言語モデル)の全庁的なパイロット導入を主導し、行政サービスにおける業務効率化と厳格なガバナンスの両立を模索してきました。
同州の取り組みが評価されているのは、単に新しいテクノロジーを導入しただけでなく、データプライバシーやセキュリティリスクを評価するための「AI利用ガイドライン」を並行して整備した点にあります。民間企業のみならず公共部門においても、未知の技術に対して「リスクを恐れて一律に禁止する」のではなく、「適切なルールのもとで活用し、フィードバックを得る」というアジャイルなアプローチが求められていることを、この事例は示しています。
2026年に向けた法務とAIの交差点
シャピロ知事が登壇する「2026年」という年は、グローバルなAI規制においてひとつのマイルストーンとなる時期です。欧州連合(EU)の「AI法(AI Act)」が本格的に適用・定着し、米国や日本でも各国の法体系に基づいたAI関連の法整備や判例の蓄積が進んでいることが予想されます。これから法曹界へ羽ばたくロースクールの学生たちにとって、AI技術の理解とその法的な解釈は、避けて通れないリテラシーとなるでしょう。
これは企業活動においても同様です。AIプロダクトの開発や、社内業務システムへの生成AIの組み込みにおいて、著作権侵害のリスク、個人情報や機密データの保護、AIの出力におけるハルシネーション(もっともらしい嘘)といった課題への法的責任が厳しく問われるようになります。法務部門とAI開発部門が分断されたままでは、急速な技術進化と規制の変化に対応することは困難です。
日本の法規制・組織文化を踏まえた課題
日本国内に目を向けると、著作権法第30条の4など、機械学習におけるデータ利用に対して比較的柔軟な法制度が存在します。この環境はAIモデルの研究開発においては一定のアドバンテージとなりますが、AIを事業やプロダクトに組み込んで「活用」するフェーズにおいては、海外と同様の厳格なコンプライアンス要件が求められます。特にグローバルにビジネスを展開する企業にとっては、各国の法規制の差異(フラグメンテーション)に対応するコストが大きな課題となります。
また、日本の組織文化として「完璧な安全性が担保されるまで導入を見送る」という、過度なリスク回避の傾向が散見されます。しかし、生成AIのような確率論的なシステムにおいて、リスクを完全にゼロにすることは不可能です。機密データを扱う業務とそうでない業務を切り分け、社内規程やガイドラインを継続的にアップデートしながら、段階的に活用を進める「リスクベースのアプローチ」が不可欠となります。
日本企業のAI活用への示唆
今回のニュースとグローバルなAIガバナンスの潮流から、日本企業が自社のAI戦略に組み込むべきポイントは以下の通りです。
第一に、「法務・コンプライアンス部門の早期巻き込み」です。AIを活用した新規事業や社内システムの開発初期から法務担当者が参画し、技術的制約と法的リスクを共有することで、手戻りを防ぎ、スピーディな意思決定が可能になります。
第二に、「実践を通じた社内ガイドラインの形骸化防止」です。ペンシルベニア州の事例のように、実証実験(PoC)を通じて得られた知見を元に、ルールを柔軟に見直すプロセスを構築することが重要です。一度定めたガイドラインに固執するのではなく、技術の進化に合わせて現場の実務者が使いやすい形へアップデートし続ける姿勢が求められます。
第三に、「グローバルな規制動向の継続的なモニタリング」です。日本国内の法律を満たしている場合でも、提供するプロダクトやサービスが海外市場に触れる場合、EUのAI法など強力な域外適用を持つ規制の対象となる可能性があります。AIガバナンスは一過性のプロジェクトではなく、経営陣を含めた組織全体の継続的な取り組みとして位置づける必要があります。
