英メディアが、ある企業のWebサイトに掲載された役員プロフィール画像がAIによって生成された疑いがあると報じ、波紋を呼んでいます。本記事では、この事例を起点に、企業が実在しない人物をコーポレートコミュニケーションに用いるリスクを考察します。日本特有の商習慣や法規制を踏まえ、企業が備えるべきAIガバナンスと実務への示唆を解説します。
The Timesの報道が浮き彫りにした「AI生成エグゼクティブ」の疑い
英紙The Timesは先日、ある企業のWebサイトに掲載されている役員のプロフィール画像について、AI検知ツールによる分析の結果「AIによって生成された可能性が高い」と報じました。近年、大規模言語モデル(LLM)や画像生成AIの進化により、実在の人物と見分けがつかないほど高品質な画像が瞬時に作成できるようになっています。しかし、それが企業の「顔」である経営陣のプロフィールに用いられたとなれば、企業情報の信頼性を根底から揺るがす事態となります。
なぜ実在しない人物を企業サイトに掲載するのか
企業が実在しない人物の画像を生成AIで作成し、自社のメンバーとして掲載する背景には、いくつかの理由が考えられます。一つは悪意のあるケースです。実態のない企業(ペーパーカンパニー)が、経営陣や従業員が充実しているように見せかけ、投資家や顧客を欺く目的で使用される懸念があります。
もう一つは、必ずしも悪意とは言い切れないものの、コンプライアンス意識の欠如によるケースです。Webサイトの体裁を整えるために、フリー素材を利用する延長でAI生成画像を使ってしまう、あるいは「多様性(ダイバーシティ)」を演出するために意図的に架空の人物を混ぜるといった事例が海外でも報告されています。
日本の商習慣・法規制におけるリスク
日本国内において、企業が「実在しない役員や従業員」を実在するかのように装うことは、極めて高いリスクを伴います。日本のビジネスシーンでは「顔が見える関係」や「企業としての誠実さ」が重んじられるため、一度でもこうした欺瞞が発覚すれば、顧客や取引先からの信頼を瞬時に失うことになります。
法的な観点からも問題が生じ得ます。例えば、実態のない優良な実績や充実したサポート体制をアピールして顧客を誘引した場合、景品表示法における優良誤認にあたる可能性があります。また、生成されたAI画像が既存の著名人や実在の人物に酷似してしまった場合、パブリシティ権や名誉毀損といった権利侵害のリスクも浮上します。
広告利用とコーポレートコミュニケーションの境界線
一方で、プロモーションや広告クリエイティブにおいて「AIモデル」を起用する日本企業は増えつつあります。撮影コストや手間の削減、ブランドイメージに合致した自由な表現ができるという大きなメリットがあるためです。
ここで重要なのは、広告における「演出としてのAIモデル」と、企業情報における「事実としての役員・従業員」の境界線を明確に引くことです。前者は架空のキャラクターであることを明示する、あるいは文脈上明らかにすることで消費者に受け入れられますが、後者はステークホルダーに対する明らかな「虚偽」となります。
社内体制とガバナンス構築に向けて
企業として意図的な虚偽記載を行わないことは当然ですが、実務上とくに注意すべきは「意図せずAI生成物が混入するリスク」です。例えば、Web制作を外部の業務委託先に任せている場合、委託先が悪気なくAIで生成した人物画像を「スタッフのイメージ画像」として納品してくる可能性があります。
これを防ぐためには、広報・マーケティング部門が中心となり、AI利用に関する社内ガイドラインを策定・運用することが不可欠です。社外に発信するコンテンツの制作プロセスにおいて、生成AIの使用可否や申告義務を契約に盛り込むなどの対策が求められます。また、The Timesが使用したようなAI検知ツール(AIによって作成されたテキストや画像を判別するシステム)を補助的に活用することも一案ですが、現在の技術では誤判定(偽陽性や偽陰性)の限界がある点にも留意が必要です。
日本企業のAI活用への示唆
今回の事象から、日本企業のAI活用において、実務上の3つの重要な示唆が得られます。
第1に「コーポレート情報における透明性の担保」です。役員や従業員など、企業の信頼の根幹に関わる情報において生成AIによる架空の人物を用いることは厳禁であり、広告表現としてのAIモデル起用とは明確に切り分ける必要があります。
第2に「サプライチェーン全体でのAIガバナンス」です。自社内だけでなく、Web制作会社や広告代理店など、コンテンツ制作に関わる外部委託先に対しても、生成AIの利用ルールや納品時の申告フローを徹底させ、意図せぬ虚偽情報の混入を防ぐ必要があります。
第3に「AI検知技術の限界への理解」です。AIによる生成物を検知するツールは存在しますが、精度には限界があり誤判定のリスクも伴います。ツールを過信せず、人間の目による事実確認(ファクトチェック)のプロセスを組織の運用として組み込むことが重要です。
生成AIは、正しく使えば業務効率化や新規サービス開発の可能性を大きく広げる強力なツールです。しかし、企業の根幹である「信頼」を損なわないよう、法規制や商習慣に基づいた適切なガバナンス体制を敷くことが、日本の経営層や担当者に求められています。
