28 2月 2026, 土

LLMにおける「真理」と「誠実さ」の乖離:AI出力に対する説明責任をどう設計するか

生成AIが「もっともらしい嘘」をつくハルシネーションの問題は、技術的な課題であると同時に、哲学的な問いでもあります。最新の研究論文「Truth without Belief」は、LLMが「真実(Truth)」を出力することと、そこに「誠実さ(Truthfulness)」が伴うかどうかは別問題であると指摘しています。本記事では、この概念を起点に、日本企業がAIプロダクトを開発・導入する際に直面する「説明責任(Accountability)」の所在と、実務的なリスク管理について解説します。

「信念」なき「真実」とは何か

大規模言語モデル(LLM)は、確率的に次に来る単語を予測するシステムであり、人間のように「信念(Belief)」や「意図」を持って発言しているわけではありません。最近注目されている論文『Truth without Belief: Can LLM-Generated Content Satisfy Classical Theories of Truth?』は、この点について鋭い指摘を行っています。

同論文の核心は、LLMの出力が事実として正しい(Truth)場合であっても、それはモデルがその事実を「信じている」からではなく、統計的な処理の結果に過ぎないという点です。一方で、人間社会における信頼は「誠実さ(Truthfulness)」、つまり発言者が真実を語ろうとする意思に基づいています。LLMにはこの「誠実さ」が存在しないため、出力結果が偶然正しかったとしても、そこに認識論的な責任能力(Epistemic Accountability)は存在しません。

日本企業が直面する「説明責任」の再定義

この「真理と誠実さの乖離」は、日本のビジネス現場において極めて重要な示唆を含んでいます。日本の商習慣や企業文化では、結果の正しさだけでなく、プロセスや担当者の「誠意」「確認義務」が重視される傾向にあります。

しかし、LLMを業務やサービスに組み込む場合、AIに対して「嘘をつかない誠実さ」を期待することは原理的に不可能です。AIが誤った情報を出力した際、AI自体を責めることはできません。論文が示唆するように、認識論的な説明責任は、AIから「AIを利用・設計する人間(または組織)」へと再割り当て(Reassign)される必要があります。

つまり、企業は「AIが考えた」というスタンスではなく、「AIという道具を使って当社が出力した」という前提でガバナンスを構築しなければなりません。これは、AI生成物の法的責任(著作権侵害や名誉毀損など)においても、利用者の「過失」や「予見可能性」が問われる日本の法的議論とも合致します。

実務におけるリスク対応:ハルシネーション対策の限界と工夫

では、エンジニアやプロダクト担当者は具体的にどう動くべきでしょうか。「誠実さ」を持たないLLMに対し、事実の正確性を担保させるための技術的・運用的なアプローチが求められます。

一つは、RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)の徹底です。LLMの内部知識(学習データ)に頼るのではなく、社内データベースや信頼できる外部ソースを検索し、その根拠に基づいて回答を生成させる手法です。これにより、AIの「確率的なお喋り」を「根拠のある引用」へと近づけることができます。また、出力結果に参照元を明記させることで、最終的な真偽確認(ファクトチェック)のコストを人間に委ねる設計も有効です。

また、UX(ユーザー体験)の設計においても、「AIは間違いを犯す可能性がある」という免責を単に記載するだけでなく、クリティカルな意思決定(医療、金融、法務など)においては、必ず専門家が介入する「Human-in-the-Loop」のフローを強制する仕組みが必要です。

日本企業のAI活用への示唆

最後に、今回の議論を踏まえた日本企業への実務的示唆を整理します。

  • AIの擬人化を排除し、道具として定義する:
    社内教育やガイドラインにおいて、AIを「パートナー」と呼ぶ場合でも、責任能力のないツールであることを明確にする必要があります。「AIが勝手にやった」という言い訳は、対外的な信頼(誠実さ)を損なう最大のリスク要因となります。
  • 「正しさ」の保証プロセスを組織化する:
    LLMの出力に対する品質保証(QA)は、従来のソフトウェアテストとは異なります。確率的な挙動を前提とし、重要な出力には必ず人間による監査(Review)や、RAGのようなグラウンディング(根拠付け)技術を必須要件として組み込んでください。
  • アカウンタビリティの所在を契約・規約で明確化する:
    B2B、B2Cを問わず、AI生成コンテンツによって損害が生じた場合の責任分界点を明確に定めておくことが重要です。特に受託開発やSIerの立場では、納品後のAIモデルが起こすハルシネーションに対する瑕疵担保責任の範囲について、法務部門と連携して詰めておく必要があります。

「真実」を出力することと、「信頼できる」ことは同義ではありません。技術が進化しても、最後の「信頼」を担保するのは、AIではなく人間の役割であり続けるでしょう。

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