OpenAIがChatGPTにおいて、より成人向けな会話を許容するモードを検討しているという報道は、単なる機能追加以上の意味を持ちます。これは「万人に共通する安全性」から「ユーザーや用途に応じた安全性」へのパラダイムシフトを示唆しています。本記事では、この動向が企業のAIガバナンスやプロダクト開発にどのような影響を与えるか、日本の法規制や組織文化の観点から解説します。
「画一的な安全性」からの転換点
PCMagなどの報道によると、OpenAIはChatGPTのコード内で「Naughty Chats(いたずらなチャット)」と呼ばれる可能性のある、成人向けコンテンツを許容するモードをテストしている形跡が見つかりました。これまでOpenAIは、安全性や倫理的な観点から厳格なコンテンツフィルター(ガードレール)を適用し、性的な表現や暴力的な表現を徹底的に排除してきました。しかし、この動きは同社が2024年5月に発表した「Model Spec(モデルの仕様)」のドラフトにおける、「違法でない限り、AIはユーザーの明示的な指示に従うべきである」という方針転換と一致しています。
これは、AIモデルが「全ての人にとって無難な優等生」から、「ユーザーの属性や目的に応じて振る舞いを変えるパートナー」へと進化しようとしていることを意味します。オープンソース界隈ではすでに、検閲のない(Uncensored)モデルが一定の人気を博しており、プロプライエタリなモデルもこの「柔軟性」への需要を無視できなくなっている背景があります。
企業ユースにおける「ガードレール」の再定義
この変化は、ビジネスでAIを活用する日本企業にとって、チャンスであると同時に新たなリスク要因となります。これまで企業は「ChatGPT等の大手ベンダー製モデルを使っていれば、不適切な出力は自動的に弾かれる」という前提でサービスを設計できました。しかし、モデルのベースラインが「許容範囲の広い(緩い)設定」へとシフトする可能性がある場合、企業側は自社のブランド毀損を防ぐために、独自のガードレールをより強固に設計する必要があります。
例えば、カスタマーサポート用ボットが、ユーザーの誘導尋問に乗って不適切な発言をしてしまう「ジェイルブレイク(脱獄)」のリスクは、ベースモデルの制限が緩和されることで高まる可能性があります。開発者やプロダクトマネージャーは、プロンプトエンジニアリングや外部のコンテンツフィルターAPI(Azure AI Content Safetyなど)を組み合わせ、自社の倫理規定に沿った制御を実装する責任が増すことになります。
日本独自の「シャドーAI」リスクとコンプライアンス
日本企業特有の課題として、組織文化と法規制のギャップが挙げられます。日本の刑法におけるわいせつ物頒布等の罪や、児童ポルノ禁止法などの基準は、米国企業の「NSFW(Not Safe For Work)」基準とは必ずしも一致しません。グローバルモデルが許容する範囲が、日本の法規制や企業の就業規則、あるいは「公序良俗」という日本的な不文律に抵触する可能性があります。
また、従業員が会社の許可を得ずにAIツールを利用する「シャドーAI」の問題も深刻化する恐れがあります。プライベート設定で「制限緩和モード」がオンになった個人アカウントを業務に流用し、意図せずハラスメントにつながる生成物を職場に持ち込んだり、不適切な対話履歴が監査に残ったりするリスクも考慮すべきです。
日本企業のAI活用への示唆
今回の報道は「エロティカモード」というキャッチーな話題ですが、本質は「AIのアライメント(人間への適合)の個別化」です。日本企業の意思決定者や実務者は、以下の3点を意識して対策を進めるべきです。
- ベンダー依存からの脱却と独自ガードレールの構築:
モデルプロバイダーの安全性基準は流動的です。特に顧客対面(BtoC)のサービスでは、LLMの出力をそのままユーザーに見せるのではなく、自社の基準でフィルタリングする中間層(Guardrailsレイヤー)を必ず設けてください。 - 社内利用ガイドラインの再点検:
「ChatGPT利用可」とするだけでなく、どのような設定・モードでの利用を許可するか、プロンプトに何を含めてはいけないかなど、モデルの機能拡張に合わせたガイドラインの粒度調整が必要です。特にBYOD(私物端末利用)や個人アカウント利用におけるリスクを洗い出してください。 - 文化的な文脈(コンテキスト)の理解:
米国基準の「Safety」と日本基準の「安心・安全」は異なります。生成AIをプロダクトに組み込む際は、日本の商習慣や文脈において不快・不適切とされる表現が出力されないよう、評価データセット(Evaluation Dataset)に日本固有のケースを含めてテストを行うことが不可欠です。
