CBCラジオが取り上げた、ChatGPTが実在の人物を誤って銃撃事件の犯人として出力してしまった事例は、生成AIの実装における重大な教訓を含んでいます。本記事では、この事例を端緒に、大規模言語モデル(LLM)特有の「もっともらしい嘘」が日本企業の法務・実務に与える影響と、その具体的な回避策について解説します。
実在の事件とAIの「創作」が混ざる危険性
CBCラジオの記事にある「Tumbler Ridge shooter(タンブラー・リッジの銃撃犯)」に関する事例は、生成AIが抱える構造的なリスクを浮き彫りにしています。このケースでは、ChatGPTなどの生成AIが、過去に実際に起きた事件についての情報を出力する際、無関係な実在の人物を犯人として誤って関連付けてしまうという現象が問題視されました。
これはAI業界で「ハルシネーション(幻覚)」と呼ばれる現象の一種です。大規模言語モデル(LLM)は、事実をデータベースから検索して回答しているのではなく、学習した膨大なテキストデータをもとに「文脈的に確率の高い次の単語」を予測して文章を生成しています。そのため、文法や文脈は完璧でも、事実関係が完全に誤っている「もっともらしい嘘」を生成することがあります。
日本企業における法的リスクと商習慣への影響
この種のリスクは、日本企業にとっても対岸の火事ではありません。もし自社が開発・導入したAIチャットボットや検索システムが、取引先企業の信用を傷つける誤情報を出力したり、特定の個人を犯罪や不祥事と結びつける回答をしたりした場合、どうなるでしょうか。
日本では、名誉毀損や信用毀損に対する法的責任はもちろんのこと、企業としての「信頼(トラスト)」が失われることによる社会的制裁は計り知れません。特に日本の商習慣では、正確性と誠実さが極めて重視されます。「AIが勝手にやったこと」という弁明は、顧客やパートナー企業には通用せず、AIを管理・運用する企業のガバナンス不全として問われることになります。
「RAG」と「Human-in-the-loop」によるリスク低減
このようなリスクを回避するためには、単にプロンプト(指示文)を工夫するだけでは不十分です。技術的なアプローチとして、現在主流となっているのが「RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)」です。これは、AIに回答を生成させる前に、信頼できる社内文書や指定された外部ソースのみを検索させ、その事実に基づいて回答を作成させる手法です。これにより、AIが勝手に事実を捏造するリスクを大幅に低減できます。
しかし、技術だけでは限界があります。特に人事評価、融資判断、あるいは外部への情報発信といったハイリスクな領域では、「Human-in-the-loop(人間が判断のループに入ること)」が不可欠です。AIはあくまで下書きや提案を行うツールと位置づけ、最終的な事実確認と責任は人間が担うという運用フローを構築することが、日本企業には求められます。
日本企業のAI活用への示唆
グローバルの事例から学ぶべき、日本企業のAI活用における要点は以下の通りです。
1. 生成AIは「辞書」ではなく「推論エンジン」と捉える
LLMを事実確認ツールとして使うことは避け、文章要約やアイデア出し、翻訳など、推論能力を活かすタスクに適用するのが基本です。
2. 出典明記(グラウンディング)の義務化
業務でAIを使用する際は、回答の根拠となる情報源(Source)を必ず提示させる仕組み(RAG等)を導入し、人間が元データを確認できる状態を担保してください。
3. リスク許容度に応じた適用領域の選定
顧客対応や対外的なコンテンツ生成など、ハルシネーションがブランド毀損に直結する領域では、厳格なテストと人間の目視チェックを必須とするガバナンス体制を敷くべきです。
