26 2月 2026, 木

SAPの戦略に学ぶ、「汎用LLM開発」からの脱却とビジネス特化型AIの勝機

SAPのCEOクリスチャン・クライン氏が「汎用的なLLM(大規模言語モデル)」の自社開発に否定的な姿勢を示したことは、多くの企業にとって重要な示唆を含んでいます。本記事では、この決断を単なるITベンダーの戦略としてではなく、日本企業が「実務で本当に使えるAI」を実装するための現実的な指針として解説します。

なぜSAPは「汎用LLM」を自前で作らないのか

SAPの経営トップであるクリスチャン・クライン氏が、ERP(統合基幹業務システム)のプロセス全体をカバーするような「汎用的なLLM(Generic LLM)」の自社開発を拒否したという報道は、現在のAIトレンドを象徴する出来事です。これはSAPがAIを軽視しているということではありません。むしろ、OpenAIのGPTシリーズやGoogleのGeminiのような「あらゆる質問に答える汎用モデル」を自社でゼロから構築することは、コスト対効果が見合わないと判断したことを意味します。

ビジネスの現場、特に基幹システムにおいては、詩を書いたり雑談をしたりする能力は不要です。求められるのは、在庫推移の正確な予測、会計ルールの厳密な適用、そしてサプライチェーンの最適化です。これらを実現するために必要なのは、膨大なインターネット上のテキストデータで学習した「汎用モデル」そのものではなく、企業の商習慣や独自データに深く根差した「ドメイン特化型(ビジネス特化型)のAI活用」です。

「モデルを作る競争」から「データを活かす競争」へ

日本国内でも、生成AIブームの初期には「自社独自の日本語LLMを開発すべきか」という議論が多くの企業でなされました。しかし、SAPの事例が示すように、グローバル企業での潮流は「モデルそのものの開発」から「既存の高性能モデルをいかに自社データと接続するか」へとシフトしています。

汎用LLMは、いわば「非常に賢い新入社員」です。一般常識はありますが、その会社の製品知識や独自ルールは知りません。企業が注力すべきは、この新入社員を一から育てる(モデル開発)ことではなく、社内のマニュアルや過去の取引データという「教科書」を正しく与え、業務フローに組み込む(RAG:検索拡張生成やファインチューニング)エンジニアリングです。

日本企業における「精度」と「責任」の壁

日本の商習慣において、AI活用の最大のハードルとなるのが「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」への許容度の低さです。欧米企業と比較して、日本企業は業務プロセスにおけるミスや不正確さに対して厳しい姿勢を持つ傾向があります。

汎用LLMをそのまま業務に適用しようとすると、この不確実性がリスクとなります。しかし、SAPが目指すような「ビジネスプロセスに特化したAI利用」であれば、回答の根拠を特定のERPデータのみに限定したり、出力結果を従来のルールベースのプログラムで検証したりすることで、ガバナンスを効かせることが可能です。つまり、魔法のような万能AIを目指すのではなく、特定の業務タスク(例:請求書の照合、発注点の提案)に機能を絞り込む「専用AI」のアプローチこそが、日本の品質基準に合致するのです。

日本企業のAI活用への示唆

SAPの戦略的判断を踏まえ、日本の意思決定者や実務者が意識すべきポイントは以下の3点です。

  • 「自前主義」の再考: LLMそのものを開発するには、莫大な計算リソースとトップレベルのAI人材が必要です。差別化要因にならない限り、モデルは「借りる(API利用)」か「オープンソースを利用する」姿勢で十分です。
  • 独自データの整備が最優先: AIの賢さは、食わせるデータの質で決まります。特に日本企業には、紙や属人的なノウハウとして埋もれているデータが多く存在します。これらをデジタル化し、AIが読み取れる形式(構造化データやベクトルデータベース)に整備することが、モデル開発以上に重要です。
  • 「機能」ではなく「プロセス」への組み込み: 「チャットボットを導入して終わり」ではなく、既存のワークフロー(決裁承認、在庫管理など)の中にAIをどう溶け込ませるかを設計する必要があります。ユーザーがAIを使っていると意識せずに、業務効率が上がる状態が理想的なゴールです。

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