データ保護領域において、生成AIの活用が「チャットによる検索」から「自律的な調査(エージェント)」へと進化しています。Druvaが発表した「Agentic Memory」などの新機能を事例に、バックアップデータとセキュリティメタデータを活用したフォレンジック調査の自動化トレンドと、日本企業が直面するセキュリティ人材不足への解決策を考察します。
「検索」から「文脈理解」へ:バックアップデータのAI活用最前線
クラウドデータ保護ベンダーのDruvaが、フォレンジック(デジタル鑑識)やコンプライアンス調査を加速させるための新機能「Agentic Memory」を発表しました。これは、単にバックアップデータを保存・復元するだけでなく、AIエージェントが過去の文脈やメタデータを「記憶」し、セキュリティインシデントや法的調査における複雑な問い合わせに対して、より自律的に回答を導き出す試みです。
これまでもCohesity、Commvault、Rubrik、Veeamといった主要なデータ保護ベンダーは、大規模言語モデル(LLM)を製品に組み込んできました。しかし、その多くは「自然言語で特定のファイルを検索する」といった、インターフェースの改善に留まるケースが多く見られました。今回の動きは、AIが単なるインターフェースから、調査プロセスの一部を代行する「エージェント(代理人)」へと役割を拡大させていることを示唆しています。
フォレンジック調査における「コンテキスト」の重要性
企業がランサムウェア攻撃を受けた際や、不正会計などの内部不正調査(e-Discovery)を行う際、最も時間を要するのは「データの相関関係」の把握です。「誰が、いつ、どのファイルにアクセスし、それが普段の行動とどう異なっていたか」という文脈を、膨大なログとバックアップデータから人間が手作業で紐解くには限界があります。
「Agentic Memory」のようなアプローチは、LLMがバックアップおよびセキュリティのメタデータを横断的に分析し、調査官が直面する「断片的な情報」を繋ぎ合わせる役割を果たします。これにより、インシデント発生時の初動対応(トリアージ)の時間を大幅に短縮できる可能性があります。特に、セキュリティ専門家が慢性的に不足している日本企業において、AIが一次調査を担うことの意義は極めて大きいと言えます。
競合他社の動向と「Agentic AI」の潮流
元記事でも触れられている通り、この動きはDruva一社に限ったものではありません。RubrikやCohesityなどの競合も、セキュリティ情報の統合とAIによる脅威検知を強化しています。これは、AIのトレンドが「生成(Generation)」から「行動・遂行(Agentic)」へとシフトしているグローバルな潮流と一致します。
従来のAIアシスタントが一問一答形式であったのに対し、エージェンティック(Agentic)なAIは、与えられたゴール(例:「先月の経理部の不審なデータ移動を特定せよ」)に向けて、複数のステップを自律的に推論・実行することを目指しています。バックアップデータは「改ざんされていない正解データ」としての価値が高いため、AIエージェントが参照する情報の信頼性を担保する基盤として、データ保護ソリューションが再評価されているのです。
日本企業におけるリスクと導入の視点
一方で、実務への適用には慎重な検討も必要です。生成AI特有の「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」は、法的証拠性が求められるフォレンジック調査においては致命的なリスクとなり得ます。AIが提示した調査結果を、人間が必ず元データと照合して検証するプロセス(Human-in-the-loop)は、当面の間必須となるでしょう。
また、日本の商習慣においては、データ主権やプライバシーの観点も重要です。メタデータとはいえ、社内の機微な情報が外部のLLMプロバイダーに送信されることに対する懸念は根強いものがあります。導入に際しては、自社のデータガバナンスポリシーと照らし合わせ、データがどこで処理され、学習に利用されるのか(あるいはされないのか)をベンダーに厳格に確認する必要があります。
日本企業のAI活用への示唆
今回の事例から、日本の企業・組織がAI戦略において考慮すべき点は以下の3点です。
1. バックアップの「セキュリティ資産」化
バックアップを単なる「保険」として眠らせるのではなく、平時からAIに分析させ、異常検知や監査に活用する「アクティブな資産」へと転換すべきです。これはDXによるデータ活用の一環としても位置づけられます。
2. 「エージェント型AI」への準備
チャットボットの導入で満足せず、業務プロセス(特に調査・分析業務)の一部をAIエージェントに委譲する設計を検討し始める時期に来ています。特に人手不足が深刻な情シスやセキュリティ部門では、定型的なログ調査をAIに任せることで、人間は高度な判断に集中できる環境を整備すべきです。
3. ガバナンスと説明責任の確保
AIが導き出した調査結果をそのまま鵜呑みにせず、「なぜその結論に至ったか」を説明できる体制を維持することが、コンプライアンス上不可欠です。ツール選定においては、AIの回答に対する根拠(出典データ)を明示できる機能の有無が重要な選定基準となります。
