コンシューマー向け医療AIツールが、緊急時や自殺リスクへの対応テストで重大な欠陥を示したという報告は、AI活用における「安全性」の議論を再燃させています。本稿では、大規模言語モデル(LLM)が抱える構造的な限界と、日本企業がヘルスケアや高リスク領域でAIを実装する際に直面する「ローカライズされた安全性」の課題について解説します。
高リスク領域における生成AIの限界と「幻覚」のリスク
最近の報道によれば、一般消費者が利用可能な医療アドバイス用AIツール(ChatGPT Healthに関連する機能等)が、緊急事態や自殺リスクに関する安全性テストにおいて不合格となった事例が指摘されています。これは、AIがユーザーの生命に関わる重大な局面で、適切な緊急連絡先の提示や、安全なプロトコルへの誘導に失敗したことを意味します。
大規模言語モデル(LLM)は、膨大なテキストデータを学習し、確率的に「もっともらしい」回答を生成します。しかし、モデル自体は医学的真実や倫理的判断を理解しているわけではありません。そのため、もっともらしい嘘をつく「ハルシネーション(幻覚)」や、セーフティガード(不適切な回答を防ぐ仕組み)のすり抜けが依然として発生します。特に医療やメンタルヘルスのような、極めて高い正確性と即時性が求められる「ミッションクリティカル」な領域では、99%の精度であっても、残りの1%のエラーが致命的な結果を招くリスクがあります。
「欧米基準の安全性」と「日本固有の文脈」のギャップ
日本企業がこのニュースから読み取るべき重要なポイントは、グローバルなAIモデルの安全対策が、必ずしも日本の社会システムや文化に適合しているとは限らないという点です。
例えば、米国のモデルにおいて「自殺をほのめかす入力」に対する安全対策として「911(米国の緊急通報)」や現地のホットラインを案内するよう調整されていたとしても、日本のユーザーに対して適切な「119番」や「こころの健康相談統一ダイヤル」などが案内されなければ、実質的な安全性は担保されません。また、日本語特有の曖昧な表現や、メンタルヘルスに対する日本独自の文化的・社会的な文脈をAIが正確に汲み取れず、リスクを見落とす可能性もあります。グローバルモデルをそのままAPI連携するだけでは、日本の商習慣や法規制(医師法や薬機法など)に抵触するリスクや、ユーザーを危険に晒すリスクが残るのです。
プロダクト設計における「人間参加(Human-in-the-Loop)」の重要性
このようなリスクを踏まえ、ヘルスケアや金融、インフラなどの重要領域でAIを活用する場合、完全な自動化を目指すのではなく、「人間参加(Human-in-the-Loop)」を前提とした設計が不可欠です。
AIはあくまで「ドラフト作成」や「情報整理」の支援ツールとして位置づけ、最終的な判断や責任を人間が担うフローを構築する必要があります。また、LLM単体に依存するのではなく、信頼できるデータベースのみを参照して回答を作成させる「RAG(検索拡張生成)」技術の活用や、回答内容を厳格に監視する外部のガードレール機能の実装が、実務レベルでは求められます。
日本企業のAI活用への示唆
今回の事例を踏まえ、日本企業がAI活用を進める上で意識すべき点は以下の通りです。
- 日本独自の「レッドチーミング」を実施する:
グローバルモデルの安全性を過信せず、日本語環境かつ日本の法的・文化的文脈において、AIが不適切な挙動をしないか、意図的に攻撃的なテスト(レッドチーミング)を行って検証する必要があります。 - 医師法・薬機法との境界線を明確にする:
日本では医師法第17条により、医師以外(AI含む)による診断・治療行為は禁止されています。AIサービスを提供する際は、それが「診断」ではなくあくまで「一般情報の提供」や「健康管理の支援」であることをUI/UX上で明確にし、利用規約や免責事項を厳格に設計する必要があります。 - 「フェイルセーフ」を組み込む:
AIが回答に自信がない場合や、特定の危険ワード(「死にたい」「激しい痛み」など)を検知した場合には、AIによる自動回答を即座に停止し、有人対応や専門機関の案内へ強制的に切り替えるルールベースの制御(フェイルセーフ)を必ず併用してください。
