米国メディアMashableが指摘するChatGPTの「エムダッシュ(—)」多用問題は、単なる英文法の話にとどまりません。これは生成AIが持つ「文体の癖」という、言語を問わない普遍的な課題を示唆しています。本記事では、この現象を起点に、日本語のビジネス文書における「AIらしさ」のリスクと、それを回避して実務における品質と信頼性を担保するための具体的なアプローチについて解説します。
ChatGPTが好む「エムダッシュ」の正体
最近、英語圏のAIコミュニティやライターの間で話題になっているのが、ChatGPTによる「エムダッシュ(—)」の多用です。エムダッシュとは、英語の文章で補足説明や強調を行う際に使われる長い横線のことですが、人間が書く頻度よりも明らかに高い頻度でChatGPTが出力する傾向にあると指摘されています。
元記事では、これが「AIが書いた文章を見分けるためのサイン」になりつつあると論じています。しかし、私たち日本の実務者にとって重要なのは、特定の記号の話ではありません。大規模言語モデル(LLM)には、学習データやファインチューニング(微調整)の手法に起因する「平均的で、かつ特徴的な文体の癖」が存在するという事実です。
日本語環境における「AIの癖」とは何か
この現象は日本語の生成結果にも同様に現れます。エムダッシュの代わりに、日本語のLLM出力では以下のような「AI臭さ」が見受けられることが多くあります。
- 過剰に整った構成:「はじめに」「結論として」といった教科書的な構成を好み、文脈に関わらず冗長な導入やまとめを入れたがる。
- 不自然な翻訳調:主語を省略すべき文脈で「私は」「それは」を多用したり、「~することは重要です」といった直訳的な表現を繰り返す。
- 均質化されたトーン:企業のブランドカラーや担当者の個性を無視した、無難で当たり障りのない「優等生的な」敬語表現。
これらの特徴は、業務効率化の観点では「読みやすい文章」としてプラスに働くこともありますが、顧客向けのマーケティングコピーや、社内の繊細なコミュニケーションにおいては、「冷たい」「機械的」という印象を与え、読み手のエンゲージメントを低下させるリスクがあります。
日本企業におけるリスク:信頼性とブランド毀損
日本企業が生成AIを組み込む際、この「文体の癖」は意外な落とし穴となります。特に日本の商習慣では、文脈を読んだ「行間」や、相手との関係性に適した微妙なニュアンス(ポライトネス)が重視されます。
例えば、カスタマーサポートの自動応答や、オウンドメディアの記事生成において、あまりにも「AIらしい」画一的な文章が出力されると、受け手は「手抜きをされている」「誠意がない」と感じる可能性があります。また、昨今の「AI生成コンテンツへの警戒感」の高まりを考慮すると、AIが書いたことが露見(いわゆる「AIバレ」)することで、情報の信憑性そのものが疑われるリスクも無視できません。
実務的な対策:プロンプトエンジニアリングとHuman-in-the-loop
では、企業はどのように対応すべきでしょうか。エンジニアやプロダクト担当者は、単に「書いて」と指示するのではなく、出力のスタイルを厳密に制御する必要があります。
まず、プロンプトエンジニアリングにおける「Few-Shotプロンプティング」が有効です。これは、プロンプトの中に自社の過去の良質なメール文面や記事の例(数件)を含め、「このトーン&マナーで書いてください」と指示する手法です。これにより、LLMが持つ一般的な癖を抑制し、自社らしい文体を模倣させることが可能です。
次に、オペレーションフローにおける「Human-in-the-loop(人間による確認・修正)」の徹底です。生成された下書きを人間がチェックし、不自然な接続詞や過剰な敬語を修正するプロセスを業務フローに組み込むことが、品質保証の観点で不可欠です。
日本企業のAI活用への示唆
今回の「エムダッシュ」の話題は、AI活用が「出力して終わり」ではないことを改めて教えてくれます。日本の実務者は以下の点を意識してAI実装を進めるべきです。
- 「AIバレ」を品質問題として捉える:単に意味が通じれば良いのではなく、文体が自社のブランドや日本の商習慣に合致しているかを評価基準に含めること。
- スタイルガイドのAI適用:人間向けのライティングガイドライン(表記統一やトーンの指定)を、システムプロンプトとしてAIにも適用し、出力の標準化を図ること。
- 人間による「最後のひと手間」の価値:AIは80点の下書きを作る道具として割り切り、最後の20点(文体の微調整やニュアンスの付加)は人間が担うという役割分担を明確にすること。
生成AIは強力なツールですが、その「癖」を理解し、手綱を握るのは人間の役割です。技術的な精度の向上とともに、出力される日本語の「質感」にまでこだわる姿勢が、日本市場におけるAI活用の成否を分けることになるでしょう。
