生成AIに対するプロンプト(指示文)に「お願いします」や「ありがとう」といった礼儀正しい言葉を含めることは、計算リソースやエネルギーの無駄遣いなのでしょうか。グローバルで議論されるこのテーマを、日本の商習慣や企業におけるLLM活用の観点から読み解き、トークン課金モデルにおけるコスト管理と、回答品質への影響について解説します。
「礼儀正しさ」は計算リソースの浪費か
海外のテックコミュニティや環境意識の高い層の間で、ChatGPTなどのLLM(大規模言語モデル)に対する「Please(お願いします)」や「Thank you(ありがとう)」といった言葉が、エネルギーの無駄ではないかという議論がなされています。LLMは入力されたテキストを「トークン」という単位で処理し、それに応じて計算リソース(GPUの稼働)を消費します。論理的に言えば、不要な単語が増えれば増えるほど計算量は増加し、微々たるものであっても電力消費につながります。
しかし、これを単なる「環境負荷」の問題として片付けるべきではありません。企業がAPI経由でLLMを業務システムに組み込む場合、この「余分な言葉」は直接的な「コスト(従量課金)」と「レイテンシ(応答速度)」の問題に直結するからです。
日本企業特有の「ハイコンテクスト」なプロンプト
日本のビジネスシーンでは、「お世話になっております」「お忙しいところ恐縮ですが」といったクッション言葉や挨拶が不可欠です。しかし、AIに対するプロンプトエンジニアリングにおいて、これらの定型句は「ノイズ」になり得ます。
例えば、APIを利用して大量のドキュメント処理を行うシステムにおいて、すべてのリクエストに丁寧な挨拶を含めると、数万・数十万回のリクエストが積み重なり、無視できないコスト増となります。また、日本語のLLMは、入力が丁寧すぎると、出力(回答)も過剰に丁寧で長くなる傾向があります。これは「出力トークン数」の増加を招き、結果としてコストが跳ね上がり、ユーザーへのレスポンスも遅くなるという二重のデメリットを生む可能性があります。
プロンプトの品質と「感情的プロンプト」のパラドックス
一方で、「礼儀正しさは完全に無駄」と断定できない興味深い研究結果もあります。LLMの研究分野では「Emotional Prompting(感情的プロンプト)」と呼ばれる手法が注目されています。AIに対して「これは私のキャリアに関わる重要な仕事です」や、時には単に丁寧に頼むことで、AIの回答精度や有用性が向上するケースが報告されています。
これは、LLMが学習データに含まれる人間の対話パターン(丁寧な問いかけには、真摯で詳細な回答が返されやすいという文脈)を再現しようとするためだと考えられています。つまり、単純なデータ抽出タスクであれば簡潔な命令形が効率的ですが、クリエイティブな提案や複雑な推論を求める場合は、ある程度の「人間らしさ」や「丁寧さ」を含めた指示の方が、高品質なアウトプットを引き出せる場合があるのです。
日本企業のAI活用への示唆
以上の議論を踏まえ、日本企業がAI活用を進める上で意識すべきポイントは以下の通りです。
1. 用途に応じたプロンプトの使い分け
RPA的な自動処理やデータ抽出(Extract)タスクにおいては、挨拶や丁寧語を極力排除し、システム的な命令文(System Prompt)として最適化することで、APIコスト削減と高速化を図るべきです。一方で、社内チャットボットやアイデア創出など、対話型インターフェースにおいては、ユーザーが自然な言葉(敬語含む)で話しかけることを許容し、AI側も適切なトーン&マナーで返す設計が、従業員の受容性(アダプション)を高めます。
2. 「過剰な丁寧さ」によるコスト管理
日本企業が陥りやすいのが、AIの出力設定における過剰な丁寧さです。「出力は『です・ます』調で、相手を敬う表現で」と指示しすぎると、回答の冗長性が増し、APIコストが膨らみます。社内用ツールであれば「簡潔なビジネス文書調(だ・である、または簡素な敬語)」を指定するなど、ガバナンスの一環として出力トークン数を抑制するガイドラインを設けることが有効です。
3. 人間とAIの境界線の教育
従業員に対し、AIを擬人化しすぎないリテラシー教育も必要です。AIに感謝すること自体は個人の自由ですが、業務プロセスとして「AIの機嫌を取るための過度な修飾語」が定着してしまうと、業務効率が低下します。プロンプトエンジニアリング研修では、AIへの指示は「明確・具体的・構造的」であることが最優先であり、礼儀はあくまで補助的な要素であることを周知する必要があります。
