英国の大手価格比較サイトを運営するMony GroupのCEOが、「ChatGPTは次の保険契約を見つけてはくれない」と発言しました。この言葉は、生成AIに対する否定ではなく、汎用的なLLM(大規模言語モデル)が抱える実務上の限界と、専門データの重要性を的確に突いたものです。金融・保険といった高精度が求められる領域で、日本企業はAIとどのように向き合うべきか解説します。
「おしゃべり」は得意でも「契約」は別問題
英国で広く利用されている金融商品・保険の比較サイト「MoneySuperMarket」を運営するMony Groupのピーター・ダフィーCEOは、The Times紙に対し、AIは価格面でネット(正味)の利益をもたらすとしながらも、「ChatGPTがあなたの次の保険契約を見つけてくれるわけではない」と述べました。
この発言は、現在の生成AIブームにおける重要な技術的・実務的なリアリティを反映しています。ChatGPTのような汎用LLMは、自然な会話や一般的な知識の提供には長けていますが、保険料の算出に必要な「個人の属性データに基づくリアルタイムかつ正確な見積もり」を行う機能は、単体では持ち合わせていないからです。
保険商品の提案には、年齢、居住地、病歴、あるいは車の車種や事故歴といった複雑な変数を正確に処理し、各保険会社の最新の料率テーブルと照合する必要があります。これは確率的に「もっともらしい言葉」を紡ぐLLMの基本動作とは異なり、厳密なデータベース参照と計算ロジックが求められるタスクです。
独自データを持つ「アグリゲーター」の強み
ダフィー氏の発言の裏には、自社のようなアグリゲーター(比較サイト運営者)が持つ「独自データ」と「各保険会社とのAPI連携」こそが競争優位の源泉であるという自信が窺えます。
生成AIはインターネット上の公開情報を学習していますが、特定のユーザーに紐づく非公開の個人情報や、各保険会社がバックエンドで管理しているリアルタイムの見積もりデータにはアクセスできません。したがって、ユーザーが真に求めている「私にとって最適な(最安の)プランはどれか」という問いに答えるためには、依然として専門的なプラットフォームの介在が不可欠です。
しかし、これはAIが不要という意味ではありません。Mony Group側もAIを「ネットベネフィット(純益)」と捉えています。例えば、難解な約款の要約、ユーザーからの曖昧な質問の意図理解、あるいは不正検知のバックエンド処理など、既存のシステムを補完・強化する役割としてAIは極めて強力です。
日本企業のAI活用への示唆
今回の事例は、金融や医療、法務といった「規制産業」や「専門領域」でAI活用を目指す日本の企業にとって、重要な指針となります。
1. 「汎用モデル」と「自社データ」の役割分担
ChatGPTなどをそのまま顧客対応に使うのではなく、自社のデータベースや計算ロジックを正確に呼び出すためのインターフェースとしてLLMを活用する「RAG(検索拡張生成)」や「Function Calling」といった技術構成が現実解です。日本の商習慣においては、誤情報の提供(ハルシネーション)は重大なコンプライアンス違反につながるため、回答の根拠を自社データに厳格に縛る設計が求められます。
2. 「比較・仲介」ビジネスの進化
日本にも多くの比較サイトが存在しますが、今後は「検索条件を入力してリストを表示する」だけのUIから、「対話形式でニーズを深掘りし、裏側でAPIを叩いて最適なプランを提示する」エージェント型のUXへと進化するでしょう。ここでの勝負はAIの性能そのものよりも、どれだけ多くのサプライヤー(保険会社など)とデータ連携できているかという、従来からのビジネス基盤に依存します。
3. ガバナンスと説明責任
AIが「なぜその商品を推奨したのか」という説明責任(Explainability)は、日本の金融商品取引法や保険業法等の観点からも極めて重要です。ブラックボックスになりがちなAIの判断プロセスを、人間が監査可能な状態に保つこと、そしてAIをあくまで「支援ツール」として位置づけ、最終的な責任の所在を明確にしておくことが、企業としての信頼を守る防波堤となります。
