GoogleのAI部門トップがAIの脅威に対する緊急の研究を訴える一方で、米国代表団は「AIの世界的ガバナンス」を明確に拒絶しました。このねじれ現象は、米国製AIに依存する日本企業にとって、独自のガバナンス体制構築が急務であることを示唆しています。
「能力」と「理解」のギャップ──Googleが懸念する未解明のリスク
GoogleのAI部門幹部(DeepMindのデミス・ハサビス氏らを含むリーダーシップ層)が、AIがもたらす脅威に対処するための研究が「緊急に必要である」と訴えています。これは単なる謙遜ではなく、現在の生成AI技術が抱える本質的な課題──すなわち「スケーリング則(計算量やデータを増やせば性能が上がる法則)」によって能力は向上しているものの、なぜその回答に至ったかという「解釈可能性(Interpretability)」や、モデル内部で何が起きているかの完全な理解が追いついていない現状を指しています。
実務的な観点から言えば、これは「開発元でさえ完全に制御・予測できない挙動が含まれる」ことを意味します。日本企業が基幹システムや顧客対応にLLM(大規模言語モデル)を組み込む際、ベンダー側の安全対策を過信せず、予期せぬ挙動(ハルシネーションやバイアス)を前提とした「ガードレール」の設計が不可欠である理由はここにあります。
米国による「世界統一規制」の拒絶とその背景
一方で、デリーで開催されたAIサミットにおいて、米国代表団の責任者は「AIの世界的ガバナンスを完全に拒絶する」と発言しました。これは衝撃的な言葉に聞こえるかもしれませんが、米国の国益と技術覇権を考えれば合理的な判断とも言えます。欧州(EU)が厳格な「AI法(EU AI Act)」で足並みを揃えようとするのに対し、米国はイノベーションの速度を殺ぐような一律の国際規制には慎重です。
また、これには地政学的な意図も透けて見えます。中国などの競合国を含めた形での統一ルールを作ることは、米国の技術的優位性を損なうリスクがあるからです。結果として、世界は「EUの厳格な規制圏」「米国の自主規制・競争圏」「中国の国家管理圏」などにブロック化していく可能性が高く、日本はその狭間でバランスを取る必要があります。
日本企業に求められる「自律的な」リスク管理
日本は伝統的に、ISO規格や国際的な枠組みが決まってからそれに準拠する形での対応を得意としてきました。しかし、今回の米国の発言が示唆するのは、「世界共通のAI安全基準が降りてくるのを待っていては手遅れになる」ということです。
特に日本の商習慣においては、「安心・安全」や「説明責任」が厳しく問われます。グローバルな統一基準が存在しない以上、各企業は自社の業界ガイドラインや、日本政府(経済産業省・総務省)が策定する「AI事業者ガイドライン」などを参照しつつ、自社独自の利用ポリシーを策定しなければなりません。「米国製AIを使っているから大丈夫」という理屈は、何か問題が起きた際の免罪符にはなり得ないのです。
日本企業のAI活用への示唆
1. 規制待ちの姿勢からの脱却
「世界的な統一ルール」は当面成立しません。法的拘束力のないソフトロー(ガイドライン)ベースで、自社の許容リスクを定義する必要があります。特に金融、医療、インフラなどの重要分野では、人間の判断を介在させる「Human-in-the-loop」の徹底が、現時点での最も確実なリスクヘッジです。
2. 「ブラックボックス」を前提としたシステム設計
Google自身が研究の必要性を訴えるほど、AIの中身はブラックボックスです。品質保証(QA)のプロセスにおいて、従来のソフトウェアテストのような「正解の一致」だけでなく、倫理的な逸脱や不適切な回答を防ぐための評価データセットの構築と、継続的なモニタリング体制(LLMOps)への投資が不可欠です。
3. マルチモーダル・マルチベンダー戦略の検討
特定の米国ベンダー1社に依存することは、その国の規制方針やベンダーの方針転換の影響を直接受けるリスクがあります。セキュリティ要件の高いデータは国内ベンダーのモデルやオンプレミス環境で処理し、汎用的なタスクはグローバルモデルに任せるといった、適材適所の使い分けが中長期的な安定運用につながります。
