世界的なAIブームの中、NVIDIAやOpenAIといった主役の裏側で、味の素やTOTOといった伝統的な日本企業が静かに存在感を強めています。大規模言語モデル(LLM)の開発競争において見落とされがちな「物理レイヤー」の重要性と、日本企業が既存技術をいかにしてAIエコシステムに組み込むべきか、その戦略的視点を解説します。
AIチップを支える「黒子」としての日本素材産業
生成AIの急速な普及に伴い、NVIDIAのGPUをはじめとするAI半導体の需要が爆発的に増加しています。しかし、この高性能なチップを製造するためには、微細な回路形成やパッケージング技術において極めて高度な素材・部材が不可欠です。ここで世界的なシェアを持ち、ボトルネックともなり得る重要な役割を果たしているのが日本企業です。
元記事でも触れられている通り、食品大手の味の素は、実は半導体パッケージ基板向けの層間絶縁材料(ABF: Ajinomoto Build-up Film)で世界シェアの大部分を握っています。高性能なCPUやGPUにおいて、ナノメートル単位の回路を電気的に絶縁し保護するこのフィルムがなければ、現代のAIハードウェアは成立しません。また、トイレなどの衛生陶器で知られるTOTOも、そのセラミックス技術を応用し、半導体製造装置向けの精密部品供給において重要なプレイヤーとなっています。
「ゴールドラッシュのツルハシ」戦略の再評価
AIビジネスというと、どうしてもChatGPTのようなLLMを活用したサービス開発や、自社データの学習といった「ソフトウェア・アプリケーション層」に目が向きがちです。しかし、19世紀のゴールドラッシュにおいて最も確実に利益を上げたのが、金を掘る人ではなく、採掘のためのツルハシやジーンズを売った人たちであったのと同様に、AIブームにおいても「インフラ・製造プロセス」を支える企業が大きな利益を上げています。
日本企業にとっての教訓は、AI活用を「最新のAIツールを導入すること」だけに限定せず、「自社の既存技術やアセットが、AIエコシステムのどこに貢献できるか」という視点を持つことです。化学、素材、精密機械といった日本の製造業が長年培ってきた「すり合わせ」や「高品質なモノづくり」の技術は、AIというデジタル技術を物理世界で稼働させるための基盤として、依然として極めて高い価値を持っています。
既存アセットの再定義と「飛び地」への挑戦
味の素の事例が示唆に富んでいるのは、食品化学の研究過程で生まれた副産物や知見を、全く異なる電子材料の分野へ転用し、長期間かけて事業化した点です。多くの日本企業において、AI推進はDX部門やIT部門主導で行われがちですが、研究開発(R&D)部門や製造現場にこそ、AI時代に輝く「隠れた資産」が眠っている可能性があります。
一方で、リスクも存在します。特定企業のGPUや特定の製造プロセスに過度に依存したサプライチェーンは、技術トレンドの変化や地政学的な規制(半導体輸出規制など)の影響をダイレクトに受けます。AIモデルの軽量化や新しいアーキテクチャの台頭により、求められるハードウェア要件が変わる可能性もゼロではありません。したがって、一点突破の技術力だけでなく、市場の変化を見越したポートフォリオ管理が求められます。
日本企業のAI活用への示唆
今回の事例から、日本のビジネスリーダーやエンジニアが得るべき実務的な示唆は以下の通りです。
1. AI戦略のスコープを広げる
「AIを使って何をするか(業務効率化、新サービス)」だけでなく、「AI産業そのものを支える側に回れないか」を検討すること。自社のコア技術(素材、加工、データセット、ドメイン知識)が、AI開発や運用のボトルネック解消に役立つ可能性があります。
2. 既存技術の「再発見」とピボット
味の素が調味料から電子材料へ展開したように、一見AIとは無関係に見える自社の強みが、先端技術の構成要素になり得ないか、R&D部門と事業開発部門が連携して棚卸しを行うことが重要です。
3. グローバルサプライチェーンにおける不可欠性の確保
AIは米国のビッグテックが主導していますが、物理的なサプライチェーンにおいては日本企業がチョークポイント(要衝)を握れる余地があります。この「他社には代替できない技術」を持つことが、価格競争に巻き込まれず、対等なパートナーシップを築くための経済安全保障上の武器となります。
