21 2月 2026, 土

「2つのLLM」の交差点:AIガバナンスと法務人材が日本企業の命運を握る理由

AI業界で「LLM」といえば大規模言語モデルを指しますが、法曹界では「法学修士(Master of Laws)」を意味します。今回取り上げるFordham Lawのニュースは、法学修士課程で企業コンプライアンスを学ぶ学生に関するものですが、実はこの「法とコンプライアンス」の視点こそ、現在の生成AI活用において最も欠落しがちであり、かつ重要なピースです。本記事では、この偶然の用語の一致を切り口に、AIガバナンスにおける「法務と技術の融合」と、日本企業が採るべき戦略について解説します。

「法学修士」と「大規模言語モデル」:言葉の壁を超えた連携の必要性

元記事は、Fordham Universityの法科大学院(Law School)で企業コンプライアンス(Corporate Compliance)を専攻する学生、Siri Daliparthy氏のキャリアパスを紹介しています。彼女は訴訟(Litigation)の現場から、より広範な企業リーダーシップ(Corporate Leadership)の役割へとステップアップすることを目指しています。

一見、AI技術とは無関係に見えるこのトピックですが、AI実務者である私たちにとって極めて示唆に富んでいます。なぜなら、現在の生成AI導入プロジェクトにおいて最大のボトルネックとなっているのが、まさに「コンプライアンス」と「リーダーシップ」の欠如だからです。

大規模言語モデル(Large Language Models)の実装が進む中で、著作権侵害、バイアス、個人情報保護、ハルシネーション(もっともらしい嘘)による誤情報の拡散といったリスクが顕在化しています。これらを管理するためには、単なる技術的なガードレールだけでなく、法的な知見を持った「もう一つのLLM(法学修士)」相当の専門性を持った人材が、開発の初期段階から関与することが不可欠になっています。

「訴訟対応」から「リーダーシップ」へ:日本企業のAIガバナンスのあり方

元記事のテーマである「訴訟から企業リーダーシップへ」という移行は、日本企業のAI戦略においても重要なマインドセットの転換を示しています。

多くの日本企業において、法務部門は「ストッパー」としての役割を期待されがちです。「何か問題が起きたら訴訟に対応する」「リスクがあるから禁止する」というリアクティブ(反応的)な姿勢です。しかし、生成AIのような破壊的イノベーションを活用する場合、この姿勢では手遅れになるか、あるいは過剰な萎縮によって競争力を失うことになります。

求められているのは、技術のリスクを正しく理解した上で、「どうすれば安全に使えるか」を設計できるプロアクティブ(能動的)なリーダーシップです。欧州の「AI法(EU AI Act)」をはじめ、世界的な規制強化の流れがある中で、コンプライアンスはもはや「守り」ではなく、信頼性の高い製品を市場に出すための「攻めの基盤」となります。

日本独自の商習慣と「現場の判断」への依存リスク

日本の組織文化には、明文化されたルールよりも「現場の良識」や「空気を読む」ことに依存する傾向があります。しかし、確率的に出力を生成するAIに対して、このアプローチは通用しません。

例えば、営業日報の要約にChatGPTを使う場合、顧客の個人情報をマスキングするルールは徹底されているでしょうか。あるいは、マーケティング部門が生成した画像を広告に使う際、商標権のリスク評価はプロセスに組み込まれているでしょうか。これらを現場の個人のリテラシーに委ねるのではなく、組織的なガバナンス体制として構築する必要があります。

一方で、日本には「著作権法第30条の4」のように、AI学習に対して比較的柔軟な法制度も存在します。この「地の利」を活かしつつ、倫理的なラインをどこに引くかという判断は、技術者だけでは難しく、法務・コンプライアンス部門との緊密な対話が求められます。

日本企業のAI活用への示唆

技術としてのLLMを活用するために、法務・コンプライアンスの視点をどのように取り入れるべきか、実務的な示唆は以下の通りです。

  • 法務と技術の共通言語化:エンジニアは「Transformer」の仕組みを法務に説明する必要はありませんが、「確率的に動くため100%の保証はできない」というAIの特性を理解してもらう必要があります。逆に、法務は「ダメ」と言うだけでなく「どの条件下なら許容できるか(リスクベースアプローチ)」を提示する姿勢が求められます。
  • AIポリシーの策定と更新:「とりあえず禁止」ではなく、データの入力区分(公開情報、社内秘、個人情報)に応じた利用ガイドラインを策定してください。また、技術の進化は早いため、半年ごとの見直しが必要です。
  • ハイブリッド人材の育成・登用:元記事の学生のように、法的なバックグラウンドを持ちつつ、企業の意思決定に関わりたいと考える人材は貴重です。社内の法務担当者にAIリテラシー教育を行うか、AI倫理に詳しい外部専門家をアドバイザーとして招聘することを検討してください。
  • 「人間中心」の最終確認プロセス:AIによる自動化を進める場合でも、最終的な法的責任・説明責任は企業(人間)が負います。クリティカルな意思決定や対外的な出力に関しては、必ず人間による確認(Human-in-the-loop)をプロセスに組み込むことが、最大のリスクヘッジとなります。

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