カナダ最大の小売業者LoblawがGoogleの生成AI「Gemini」を活用し、顧客体験の刷新に乗り出しました。キーワード検索にとどまらない「エージェンティック・ショッピング(自律的AIによる購買支援)」の事例をもとに、AIが変えるEC・小売の未来と、日本企業が直面する実装上の課題について解説します。
キーワード検索の限界を超える「エージェンティック・ショッピング」
カナダの小売業界を牽引するLoblaw(ロブロー)が、Googleとのパートナーシップを通じて自社のアプリやオンラインストアに「Gemini」を統合すると発表しました。この動きは単なる「チャットボットの導入」ではありません。業界では「エージェンティック・ショッピング(Agentic Shopping)」と呼ばれる、より能動的で文脈を理解するAI体験へのシフトを意味しています。
従来のECサイトにおける検索は、ユーザーが正確なキーワード(例:「トマト缶 有機」)を入力する必要がありました。しかし、今回の取り組みでは、AIが「エージェント(代理人)」として機能し、「週末に4人でイタリアンのディナーパーティをしたいが、1人はグルテンフリーが必要。予算は50ドル以内」といった曖昧で複雑な要望を理解します。その上で、レシピの提案から必要な食材のリストアップ、在庫確認までを一貫してサポートすることを目指しています。
LLMと社内データの連携が鍵
この仕組みを支えるのは、Googleの大規模言語モデル(LLM)であるGeminiと、Loblawが持つ膨大な商品データや購買履歴データの統合です。技術的には、RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)やFunction Calling(機能呼び出し)といった技術が活用されていると推測されます。
生成AIは流暢な文章を作るのが得意ですが、最新の在庫状況や正確な価格を知ることはできません。そのため、AIが企業のデータベースにリアルタイムでアクセスし、正確な情報を取得して回答を生成するアーキテクチャが必須となります。Loblawの事例は、汎用的なLLMをそのまま使うのではなく、自社のドメイン知識(商品情報、レシピ、栄養価など)と深く結合させることで、初めて実用的な価値が生まれることを示しています。
日本市場における「おもてなし」とAIの接点
日本国内に目を向けると、ECや小売アプリの多くは依然としてキーワード検索やカテゴリツリーに基づくUI(ユーザーインターフェース)が主流です。しかし、日本の消費者は「タイパ(タイムパフォーマンス)」を重視する一方で、きめ細やかな接客を求める傾向があります。
店舗での熟練店員のような「文脈を汲み取った提案」をデジタル上で再現することは、日本の商習慣である「おもてなし」との親和性が非常に高いと言えます。例えば、季節の行事やアレルギー対応、贈答用のマナーなどを考慮した商品提案は、ルールベースのシステムでは実装コストが膨大でしたが、LLMの活用により現実的なコストで実現可能になりつつあります。
実務上の課題:ハルシネーションとブランドリスク
一方で、実務的な観点からはリスク対応も欠かせません。生成AIには「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」のリスクが常につきまといます。食品小売の場合、アレルギー情報の誤りや、存在しない商品の提案は、重大な健康被害やクレームに直結します。
日本企業が同様の機能を導入する場合、AIの回答を100%信頼するのではなく、提示された情報の根拠(ソース)を明示するUI設計や、アレルギーなどのクリティカルな情報に関しては従来のデータベース参照結果をそのまま表示するようなハイブリッドな設計が求められます。また、AIが不適切な発言をしないよう、ガードレール(出力制御)を厳格に設定するガバナンス体制も不可欠です。
日本企業のAI活用への示唆
LoblawとGoogleの事例から、日本の小売・サービス業が学ぶべきポイントは以下の3点に集約されます。
1. データ整備がAI活用の前提条件
高度なAIエージェントを動かすためには、商品スペック、在庫、関連情報(レシピや適合性)などのデータが構造化され、API経由で即座に取得できる状態にある必要があります。AI導入の前に、レガシーな在庫管理システムや商品マスタのモダナイズが必要になるケースが多いでしょう。
2. 「検索」から「相談」へのUX転換
ユーザーインターフェースを「検索窓」から「対話型」へ移行、あるいは併用する検討が必要です。特に、目的買いではない「ウィンドウショッピング」や「献立検討」のようなフェーズで、AIエージェントは強力なエンゲージメントツールとなります。
3. リスク許容度の設定と段階的導入
最初から全ての機能をAIに任せるのではなく、「レシピ提案」のようなリスクの低い領域から始め、「決済・注文確定」のようなミッションクリティカルな部分は人間が確認するフローを残すなど、日本の消費者の信頼を損なわない慎重な導入計画が推奨されます。
