生成AIの活用フェーズは、人間との「対話」から、システム同士が連携してタスクをこなす「自律的な行動」へと進化しつつあります。GoDaddyとSalesforceのMuleSoftが連携し、インターネットの基盤技術であるDNS(ドメインネームシステム)をAIエージェントの登録・発見に応用するというニュースは、将来的に異なる組織のAI同士がつながり合う世界の到来を予感させます。本記事では、この技術的な動きが日本企業のシステム連携やB2B取引にどのような影響を与えるかを解説します。
AIエージェントに「社会的なID」を与える試み
米国で報じられたGoDaddyのANS(Agent Naming Service)とSalesforceのMuleSoft Agent Fabricの統合は、一見地味な技術ニュースに見えますが、AIの実務実装においては極めて重要な意味を持ちます。これまで企業が開発してきたAIチャットボットやエージェントは、基本的に社内ネットワークや特定のプラットフォーム内という「閉じた箱」の中で動作していました。
しかし、今回の連携は、インターネット上の住所にあたるDNS(Domain Name System)の仕組みを拡張し、AIエージェントに固有のID(識別子)を与えようとするものです。これにより、世界中のどのネットワークからでも特定のAIエージェントを「発見(Discoverable)」し、接続することが技術的に可能になります。つまり、ウェブサイトがドメイン名でアクセスできるのと同様に、AIエージェント同士が名前解決によって互いを認識し、通信できるインフラが整備されつつあるのです。
サイロ化するAIをつなぐ「標準化」の動き
日本企業においても、RAG(検索拡張生成)を用いた社内ナレッジ検索や、特定の業務を自動化するエージェントの開発が進んでいます。しかし、営業部門のAI、経理部門のAI、あるいは取引先のAIといった具合に、それぞれのAIは分断されています。これを「AIのサイロ化」と呼びます。
MuleSoftのようなAPI統合プラットフォームと、GoDaddyのようなドメイン管理事業者が手を組むことは、このサイロを打破するための「標準化」への布石です。異なるベンダーや異なるクラウド基盤上に作られたAIエージェントであっても、DNSという枯れた(実績のある)技術をベースにした共通プロトコルで通信できれば、システム統合のコストは劇的に下がります。エンジニアにとっても、HTTPやDNSといった既存のウェブ技術の延長線上でAIエージェントを管理できるため、学習コストや運用リスクを抑えられるメリットがあります。
日本企業における「企業間AI連携」とセキュリティリスク
この技術が成熟すれば、将来的には「発注側企業の購買エージェント」と「受注側企業の在庫管理エージェント」が直接通信し、見積もりから発注までを自律的に行う未来も現実味を帯びてきます。特に、複雑なサプライチェーンを持つ日本の製造業や商社にとって、この種の自動化は生産性向上の大きな武器となり得ます。
一方で、セキュリティとガバナンスの課題はより深刻になります。外部のAIエージェントが自社のエージェントにアクセスしてくる際、「そのエージェントは本当に取引先のものか?(なりすましではないか)」「どの範囲の情報まで開示してよいか」という認証・認可の仕組みが不可欠です。DNSベースの仕組みは身元確認(Identity)に寄与しますが、日本企業が得意とする厳格なセキュリティポリシーを、AIエージェント間の通信にどう適用するかは、これからの大きな検討事項となるでしょう。
日本企業のAI活用への示唆
今回のニュースは、AI活用の焦点が「単体での賢さ(LLMの性能)」から「つながる力(相互運用性)」へシフトし始めていることを示しています。日本の意思決定者やエンジニアは以下の点を意識すべきです。
1. 「孤立したAI」ではなく「つながるAI」を設計する
現在開発中のAIプロダクトが、将来的に他部署や他社のシステムとAPI連携することを前提に設計されているか見直す必要があります。独自の仕様で作り込みすぎず、標準的なプロトコルを意識することが、将来の技術的負債を防ぎます。
2. エージェントのアイデンティティ管理(IAM)の準備
人間(社員)のID管理と同様に、今後は「AIエージェントのID管理」がITガバナンスの重要項目になります。どのエージェントが誰の責任で稼働しているのか、台帳管理や権限設定のルール作りを早期に検討すべきです。
3. ベンダーロックインへの警戒
特定のプラットフォームだけでしか動かないエージェントは、将来的な拡張性を損なうリスクがあります。今回のニュースのように、DNSのようなオープンな標準技術を活用しようとする動きを注視し、特定の巨大ITベンダーに依存しすぎないアーキテクチャを選定する視点を持つことが重要です。
