VS Codeなどの統合開発環境におけるAIアシスタントの挙動として、GoogleのGeminiが「思考トークン(Thinking Tokens)」を極めて集中的に使用しているという議論がエンジニアコミュニティで注目を集めています。回答を生成する前にAIが内部で論理構築を行う「推論モデル」の台頭は、企業のAI活用にどのような変化をもたらすのか。最新の議論をもとに、日本企業のシステム開発や業務プロセスへの影響を解説します。
「思考トークン」とは何か:生成から推論へのシフト
Hacker Newsなどで話題となっている「Gemini 3.1 Pro」に関する議論(※バージョン名はコミュニティ上の呼称やリークを含む可能性があります)では、VS Code Copilot内での挙動における興味深い特性が報告されています。それは、競合であるAnthropicのClaudeが「思考プロセス」と「ユーザーへの回答」をバランスよく組み合わせているのに対し、Geminiはほぼ完全に「思考トークン」を使い切ってから回答を導き出そうとする傾向があるという点です。
ここで言う「思考トークン」とは、AIが最終的な回答を出力する前に、内部的に論理のステップを踏み、自己検証や計画立案を行うために費やす計算リソースのことです。これはOpenAIのo1シリーズやGoogleのGemini 2.0 Flash Thinking Modeなどに見られる「推論モデル(Reasoning Models)」の特徴であり、従来の「確率的に次の単語を予測する」だけの挙動から、人間のように「考えてから答える」挙動へのシフトを意味しています。
Geminiの「熟考」とClaudeの「対話」:実務への影響
報告されている挙動の違いは、それぞれのモデルが目指すアシスタント像の違いを示唆しています。Claudeのアプローチが、ユーザーとの対話性を維持しつつ適度な推論を行う「ペアプログラマー」的であるのに対し、Geminiの挙動は、複雑なコンテキストを深く読み解き、一発で精度の高い正解を導き出そうとする「熟練アーキテクト」的であると言えます。
実務的な観点では、単純なコード補完やボイラープレート(定型文)の生成であれば、思考トークンを大量に消費するモデルは「過剰品質」であり、レスポンスの遅延(レイテンシ)やコスト増につながるリスクがあります。一方で、複雑な依存関係を持つバグの特定や、大規模なリファクタリングにおいては、Geminiのような深い推論プロセスが、ハルシネーション(もっともらしい嘘)を減らし、実効性の高いコードを生成する可能性が高まります。
日本企業の「2025年の崖」と推論モデルの親和性
この技術トレンドは、日本のIT現場が抱える課題と非常に高い親和性を持っています。多くの日本企業では、ドキュメントが整備されていないレガシーシステム(塩漬けになった古いシステム)の刷新、いわゆる「2025年の崖」への対応が急務です。
仕様書が存在せず、ソースコードだけが頼りという状況において、表面的なコード変換ではなく、コードの意図や背景にあるビジネスロジックを深く「推論」して解析できるAIモデルは強力な武器になります。Geminiのようなモデルが内部で徹底的に思考プロセスを回すことは、複雑怪奇なスパゲッティコードの解読において、人間のエンジニアを強力に支援する可能性があります。
ガバナンスとコストの観点から見るリスク
一方で、意思決定者が注意すべきは「透明性」と「コスト」です。思考トークンは通常、ユーザーには見えない内部処理ですが、API利用料としては課金対象となるケースが一般的です。「考えれば考えるほど賢くなる」反面、「考えれば考えるほどコストがかかる」構造になります。
また、金融や医療など規制の厳しい業界では、「AIがなぜその結論に至ったか」という説明可能性(Explainability)が求められます。モデルが内部でどのような思考ステップを踏んだのかがブラックボックスのままでは、コンプライアンス上のリスクとなる場合があります。思考プロセスのログが取得可能か、あるいは監査可能かどうかも、ベンダー選定の重要な基準となるでしょう。
日本企業のAI活用への示唆
今回のGeminiとClaudeの挙動の違いから、日本企業は以下の3点を意識してAI戦略を立てるべきです。
- タスクに応じたモデルの使い分け(Model Routing): チャットボットや定型業務の自動化には、レスポンスが速くコストの安い軽量モデル(または思考時間の短いモデル)を採用し、複雑なシステム設計や法務文書のチェックなど、論理的整合性が最優先されるタスクには、Geminiの推論強化モデルのような「熟考型AI」を割り当てる設計が必要です。
- 品質重視の文化との融合: 日本の製造業や開発現場が持つ「品質第一」の文化は、推論モデルと相性が良いと言えます。速度よりも正確性を重視する業務領域を特定し、そこに高価でも高性能な推論モデルを導入することで、手戻りの削減によるトータルコストダウンを狙うべきです。
- エンジニアの役割変化への対応: AIが「コーディング(記述)」だけでなく「設計・推論」まで担い始めると、人間のエンジニアに求められるのは、AIが導き出した論理の妥当性を検証する「レビュー能力」や、ビジネス要件を正しくAIに伝える「要件定義能力」になります。組織として、AIを使いこなすためのスキルセット転換を急ぐ必要があります。
