生成AIを社内データベースと連携させ、自然言語で売上やKPIを問い合わせる仕組みへの関心が高まっています。しかし、コード生成とは異なり、データ分析におけるAIのミスは「エラー」として顕在化せず、もっともらしい嘘(静かなるハルシネーション)をつく危険性があります。本稿では、AIによるデータ分析の落とし穴と、日本企業が取るべき現実的な対策について解説します。
「コード生成」と「データ分析」の決定的な違い
生成AIの活用事例として、エンジニアのコーディング支援と、社内データを活用したQA(質問応答)システムは二大巨頭といえます。しかし、The New Stackの記事が指摘するように、この2つにはリスクの現れ方に決定的な違いがあります。
AIがReactのコンポーネントやPythonのスクリプトを書く際、そのコードに誤りがあれば、多くの場合プログラムはクラッシュするか、画面が崩れます。つまり、エラーは「騒がしく」発生し、人間はすぐに気付くことができます。
一方で、AIが社内データベース(SQL)を操作して「先月の関東エリアの売上は?」という問いに答える場合、AIが誤ったクエリを生成しても、システムエラーは起きません。データベースはただ、間違った条件で検索された結果(数字)を粛々と返します。AIはその数字を自信満々に提示し、人間はそれを「正解」だと信じてしまいます。これが、データ分析における「静かなるハルシネーション(Silent Hallucination)」の正体です。
日本企業の現場で起こりうる「定義のゆらぎ」
この問題は、AIの能力不足だけでなく、企業データの複雑さに起因します。特に日本企業では、長年の商習慣によりデータ定義が曖昧なケースが少なくありません。
例えば「売上」という言葉一つとっても、経理上の「売上計上日」を指すのか、営業現場の「受注日」を指すのか、あるいは「出荷日」なのか、部門によって定義が異なることがあります。AIに対して単に「売上データを抽出して」と指示した際、AIがデータベース内のどのカラム(`sales_date` なのか `order_date` なのか)を選択するかは確率的な挙動に依存してしまいます。
その結果、経営会議の資料に、AIが出力した「もっともらしいが、実は定義がズレている数字」が掲載され、誤った意思決定につながるリスクが生じます。
Text-to-SQLの実用化に向けた壁
自然言語をSQLクエリに変換する技術(Text-to-SQL)は進化していますが、実務レベルでの完全自動化にはまだ課題があります。LLMは確率論で次に来る単語を予測しているに過ぎず、厳密な論理演算を行っているわけではないからです。
データベースのスキーマ情報(テーブル構造)をAIに与えるだけでは不十分であり、AIが誤った結合(JOIN)を行ったり、フィルタリング条件を見落としたりすることは日常茶飯事です。特に、企業の基幹システムのように何百ものテーブルが複雑に絡み合う環境では、人間ですら正しいクエリを書くのに苦労するため、AIにとっても難易度は極めて高くなります。
日本企業のAI活用への示唆
以上のリスクを踏まえ、日本企業がAIをデータ分析やデータベース連携に活用する際には、以下の3点を意識する必要があります。
1. 「セマンティックレイヤー」の整備
AIに生のデータベース構造を直接読ませるのではなく、データの意味や定義を統一した中間層(セマンティックレイヤー)を挟むことが重要です。「売上とは何か」「利益はどう計算するか」というビジネスロジックをコードとして定義し、AIにはその定義済みの指標を使わせることで、計算ミスのリスクを大幅に低減できます。
2. プロセスの透明化と人間による検証
AIが出した「答え(数字)」だけを鵜呑みにせず、AIが「どのような計算式(SQL)を用いたか」を確認できるUI/UXを設計する必要があります。特に財務やコンプライアンスに関わる重要な数字については、必ず担当者がその根拠を確認できるフローを組み込むべきです。ブラックボックス化したAIの回答をそのまま公式な報告に使うことは、ガバナンス上の大きなリスクとなります。
3. 決定論的アプローチとの併用
LLMの創造性は、データの解釈や要約には適していますが、厳密な計算には不向きです。数値を扱うタスクでは、LLMにすべてを任せるのではなく、Pythonの計算ライブラリや従来のBIツールなどの「決定論的(いつやっても同じ結果になる)」な仕組みをLLMから呼び出す「Function Calling」や「Agents」といったアーキテクチャを採用し、正確性を担保する設計が求められます。
