AI開発が実証実験(PoC)から本番運用へと移行する中、計算リソースの枯渇とコスト高騰が日本企業の大きな課題となっています。本記事では、NVIDIA Run:aiが提供する「GPUフラクショニング」技術を題材に、限られたGPUを分割・共有し、LLM(大規模言語モデル)の推論スループットと費用対効果を最大化するためのインフラ戦略について解説します。
高騰するGPUリソースと「余剰」のジレンマ
生成AIブーム以降、H100やA100といった高性能GPUの調達難易度は下がりつつあるものの、その価格(およびクラウド利用料)は依然として高止まりしています。特に円安の影響を受ける日本企業にとって、AIインフラのコスト最適化は喫緊の課題です。
しかし、現場では「高価なGPUを確保したものの、実際には計算能力の数割しか使われていない」という非効率が発生しがちです。たとえば、パラメータ数の少ない小規模言語モデル(SLM)の推論や、社内用RAG(検索拡張生成)チャットボットのようにアクセス頻度に波があるワークロードに対して、GPUを1枚丸ごと割り当てるのは、コストの観点から見て合理的ではありません。
「GPUフラクショニング」によるリソースの細分化とは
ここで注目されているのが、NVIDIA Run:aiなどが取り入れている「GPUフラクショニング(GPU Fractioning)」というアプローチです。これは、1枚の物理的なGPUを複数の論理的な区画に分割し、それぞれ独立したワークロードを走らせる技術です。
具体的には、主に以下の2つのアプローチがあります。
- MIG(Multi-Instance GPU): ハードウェアレベルでGPUを分割し、メモリや帯域を物理的に隔離する技術。干渉が起きにくいが、分割数に制限がある。
- ソフトウェア・フラクショニング: ソフトウェア層(CUDAの時間分割など)でリソースを配分する技術。より柔軟な分割が可能だが、ワークロード同士の干渉リスク管理が必要。
元記事でも触れられている通り、この技術を活用することで、トークンのスループット(単位時間あたりの処理量)を劇的に向上させることが可能です。1つの大きなパイプを太すぎるまま使うのではなく、適切な細さのパイプに分けて複数の処理を並列で流すイメージです。
日本企業のニーズに適した活用シナリオ
この技術は、特に日本のエンタープライズ環境において以下の3点で大きなメリットをもたらします。
1. 社内ツールの集約と運用コスト削減
多くの日本企業では、部門ごとに異なるAIツールやチャットボットを導入し始めています。これらを個別のインスタンスで運用するとコストが膨れ上がります。GPUフラクショニングを用いれば、1つの強力なGPUサーバー上に「人事用Bot」「経理用Bot」「開発支援ツール」を同居させ、リソースを無駄なく使い切ることが可能です。
2. 開発・検証環境の民主化
エンジニアやデータサイエンティストが複数名在籍するチームでは、GPUの奪い合いが発生しがちです。GPUを分割して割り当てることで、全員にリソースを行き渡らせ、開発リードタイムを短縮できます。
3. SLM(小規模言語モデル)の活用拡大
昨今、日本語に特化した軽量なLLM(SLM)が多く登場しています。これらは巨大なVRAMを必要としないため、GPUを分割して多数のモデルを並列稼働させる運用と極めて相性が良く、ハードウェア投資対効果(ROI)を高めることができます。
導入におけるリスクと留意点
一方で、手放しで導入できるわけではありません。実務的には以下の点に注意が必要です。
まず、「ノイジー・ネイバー(Noisy Neighbor)問題」です。同じGPU上の別の処理が負荷を高めた際、隣接する処理のレイテンシ(応答速度)が悪化するリスクがあります。厳格なSLA(サービス品質保証)が求められる対顧客サービスでは、MIGのようなハードウェアレベルの分離か、あるいは専有環境の利用を検討すべきです。
また、運用の複雑化も課題です。GPUリソースを動的に管理・配分するには、Kubernetes(K8s)などのコンテナオーケストレーション技術と、それを制御するRun:aiのようなMLOpsプラットフォームの導入・運用スキルが求められます。情シスやインフラ担当者の学習コストは決して低くありません。
日本企業のAI活用への示唆
NVIDIA Run:aiの事例から読み解く、日本企業が取るべきアクションは以下の通りです。
- 「1モデル1GPU」からの脱却: ワークロードのサイズを見極め、オーバースペックな割り当てを見直すことがコスト削減の第一歩です。特に推論フェーズではリソース共有を前提とした設計に変えるべきです。
- インフラの「共有地」化とガバナンス: 部門ごとの個別最適(サイロ化)を防ぐため、全社共通の計算基盤を構築し、論理分割によって各部門へリソースを配分する形が、ガバナンスとコストの両面で有利です。
- MLOps人材への投資: GPUを物理的に買うだけでなく、それを「使い切る」ためのソフトウェア技術(仮想化、オーケストレーション)に精通したエンジニアを育成・採用することが、長期的にはハードウェアコスト以上の価値を生み出します。
